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令和 7 年度(2025 年度)事例 Ⅰ

与件文

A 社は、林業が盛んな県に拠点を置く昭和初期創業の木材加工会社である。主力事業は、同県産の木材を原材料とした内装材の製造・販売である。A 社は、その木材加工技術が評価され、内装材分野において高い評価を得てきた。一方で、A 社は小規模ながらも、木材の新たな可能性を追求する事業(以下、X 事業)も実験的に展開している。X 事業では、木製のオーダーメイド家具やペンといった製品を製造・販売しており、工場併設の直営店や同県のアンテナショップを通じて、消費者との接点も持っている。X 事業の担当者は現在の A 社社長の子息であり、地元の大学で経営学に関する知見を深めた後、家業に入り、X 事業を任されている。A 社(X 事業を含む)の社員数は 30 名、年間売上高は約 8 億円である。A 社の組織は、社長と子息の他、製造技術部門(12 名)と営業部門(10 名)、管理部門(7 名)から成り立っている。社員の多くは内装材の製造関連の技術職と法人営業の担当者であり、とりわけ技術職には A 社での勤務経験の長い社員が多い。

同県は林業が盛んな地域であることもあって、林業関係の公的団体の活動が活発であり、A 社もその活動に積極的に関与していた。また、同県には、県内の林業系企業の PR 活動や販路開拓支援に取り組む同業者の集まりが存在し、地域全体での林業振興を後押ししている。さらに、地元の大学も以前から林業の発展や地域資源の活用に関する意見交換を県内の関連企業・組織と行うなど、地域産業との連携を模索していた。

近年、A 社は、木材を取り巻く市場環境の変化に直面していた。第 1 には、内装材市場における企業間の競争激化と公共案件の不安定性であり、とりわけ、後者は景気や政策の影響を受けやすく安定的な収益確保が難しくなってきていた。第 2 には、「自然素材」「国産材」への関心の高まりである。特に、子育て世代を中心に、子どもたちが触れるものに対して、安心・安全な素材を求める傾向が強まっていた。そして第 3 には、木材と触れ合う中で子どもたちの豊かな心を育む「木育」への、教育や子育て支援の場でのニーズの増加である。実際、木製玩具や木材を活かした空間が、子どもたちの五感を刺激し、創造性や集中力を高める効果があるという研究も進んでいた。

内装材事業の収益性に陰りが見え始めたことに危機感を抱いていた A 社社長は、こうした市場環境の変化を受け、新たな収益の柱となる新規事業を模索する必要性を感じていた。A 社にとって転機となったのが、県の林業関係の公的団体が主催したイベントへの参加であった。このイベントは、子どもたちに林業の魅力や各社の事業を紹介することを目的としたもので、A 社もブースを出展し、自社の木製製品や取り組みを展示した。A 社では、X 事業を通じて消費者向けのビジネスに関心は持っていたものの、あくまで実験的な取り組みにとどまっていた。しかし、イベントで自社の製品に目を輝かせる子どもたちや、熱心に説明を聞く保護者の姿を目の当たりにし、A 社社長は、消費者向けビジネスである知育玩具関連の新規事業に大きな可能性があることを確信した。

A 社には、「自然から頂いた木を、生活する人々が豊かになるよう社会にお返しする」という創業以来の企業理念がある。A 社が着目した知育玩具の市場には、既にさまざまな製品が存在していた。しかし、社長にとって、木育を意識した知育玩具市場は有望なものであり、また、自社の理念にも適合しているものであった。そこで社長は、ヒノキやスギ、カエデなどを用いた高品質な木製知育玩具の製造・販売という新規事業を手掛けることを決断した。しかし、その決断に対して、既存事業を支えてきた社員たちは新規事業の必要性を十分には理解できなかった。そこで社長は、新規事業を進めるに当たっての責任者に子息を指名した。子息は、X 事業での経験を活かせること、そして何よりも地域資源である木材の新たな価値を創造できることに大きな魅力を感じ、積極的に関わることになった。

木製知育玩具の新規事業は、A 社の持つさまざまな経営資源やネットワークを効果的に活用することで推進された。第 1 に、主力事業である内装材の製造で培われた薄板加工技術や、美しい木目を活かすための仕上げ技術は、高品質な知育玩具を製造する上で活かされた。特に、安全性が求められる乳幼児向けの玩具において、木のささくれを防ぐ滑らかな加工や、口に入れても安全な塗料の使用といったノウハウは大きな強みとなった。第 2 に、長年にわたる木材の調達で構築してきた同県内の林業家や製材所とのネットワークが、知育玩具に適した木材を安定的に確保する上で役立った。

第 3 に、同県や地元の大学との良好な関係は、新規事業においても大きな推進力となった。同県からは、県内の保育園や幼稚園、放課後児童クラブなどでの実証実験の支援や、県の広報媒体を通じた PR 協力が得られた。とりわけ、保育・教育施設は実際に木育を実践する場であり、子どもたちが日常的に A 社の製品に触れる機会となることで、知育玩具に関する新たなアイデアの源泉となった。そして、第 4 に、X 事業で展開していた家具やペンの製造を通じて関係を構築していた地域の木工職人たちの存在も大きかった。既存の内装材製造ラインとは異なる、細やかな手作業やデザイン性、バラエティが求められる知育玩具の製造、しかも、小ロット多品種の生産が必要とされる製造に、木工職人たちとのネットワークは有利に働いた。

A 社は、木製知育玩具のターゲット顧客として、保育・教育施設に子どもを預ける、20 代から 40 代の教育熱心な子育て家庭を設定した。販売チャネルについては、従来の内装材ルートとは異なるアプローチが求められた。A 社は、自社工場併設の直営店や県のアンテナショップのみならず、大手 EC サイトへの出店も果たした。これらの新たな試みは、X 事業を担当してきた社長の子息の発案による部分も大きかった。彼は、大学で学んだ経営学の知識や X 事業での経験を活かし、SNS を活用した情報発信や子育てイベントへの出展なども積極的に企画・実行していった。また、地元の大学との教育連携も継続的に行われ、学生たちが参加するワークショップ形式で、知育玩具の新たなアイデアや既存製品の改善点などが議論されることで、知育玩具のデザインや教育効果に関する共同研究も推進された。学生たちの柔軟な発想は、A 社に新たな気づきをもたらし、製品開発のサイクルを加速させた。

木製知育玩具事業は、滑り出しこそ順調に見えたものの、A 社社長の頭の中には、事業のさらなる成長と持続可能性を確保するための次なる一手、すなわち組織体制と人材育成のあり方についての検討課題が浮かび上がっていた。既存の主力事業である内装材事業は、依然として A 社の売上の大半を占めており、長年勤めているベテラン社員たちの技術と経験が支えている。一方、知育玩具事業は、市場のトレンド変化が早く、ビジネスのスピード感が求められる。現状では、社長の子息が新規事業に深く関与しているが、事業規模の拡大に伴い、彼一人の力では限界が見え始めている。また、内装材事業と知育玩具事業では、求められるスキルセットや思考様式も異なるため、社員の配置や育成制度についても見直しが必要ではないかと考え始めていた。

見直しに当たって A 社社長は、内装材と新規事業、そして X 事業をどのように連携させ、限られた経営資源を効果的に配分していくか、あるいは、新規事業を牽引(けんいん)する社長の子息に続く次世代のリーダー候補をどのように育成し、さらには、新規事業に必要な専門知識を持つ人材をどのように確保・育成するかといった点を課題と考えている。A 社社長は、これらの課題を解決するため、新たな市場や事業機会を探索できる体制を構築する必要性を痛感している。社長は近々、中小企業診断士の意見も聞きながら、全社的な組織改革に着手することにしている。

設問文

第 1 問(配点 20 点)

木製知育玩具の新規事業に進出した際の A 社の現状について、SWOT 分析のそれぞれの観点から、30 字以内で述べよ。

第 2 問(配点 30 点)

A 社が木製知育玩具の新規事業を展開する際に、顧客との接点を作るために行った取り組みや工夫について、150 字以内で説明せよ。

第 3 問(配点 20 点)

A 社社長は、木製知育玩具の新規事業を成長させていくに当たって、全社的な組織改革を検討している。それに対して、採用すべき組織体制とその理由に関して 100 字以内で助言せよ。

第 4 問(配点 30 点)

A 社は、木製知育玩具の新規事業を拡大させるに当たり、自社の創業以来の企業理念をどのようなものへと再定義したり、それを関係者に浸透させたりすればよいのか。150 字以内で助言せよ。

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