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平成 21 年度(2009 年度)事例 Ⅰ 解答解説
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第 1 問(配点 20 点)
設問文
F 社を買収する以前の A 社、および A 社に買収される以前の F 社は、それぞれ W 市周辺で有力な菓子メーカーであった。和菓子、洋菓子といった取扱商品に違いがあるものの、A 社と F 社の強みには、どのような違いがあると考えられるか。150 字以内で述べよ。
回答例(145 字)
A 社の強みは、地元農家との連携に基づく地産地消の安全・安心な原材料調達力と、そのコンセプトを活かし大都市圏や通販等の新市場を開拓した企画販売力である。一方 F 社の強みは、和菓子が主力の A 社にない洋菓子製造ノウハウと、評判を支えてきたベテラン菓子職人の高い技術力に裏打ちされた商品開発力である。
解説
問題文の該当箇所
- A 社:「地元で採れた農産物を主原料とした地産地消の安全安心な菓子づくりをモットー」「地元農家と専属契約を結び原材料の確保を図る」「大都市圏市場への進出を計画し、すぐさまそれを実現した」「インターネットを活用した通信販売も思いのほか反響が大きく」
- F 社:「洋菓子メーカー」「創業当初から F 社に勤めていた菓子職人の技術がその評判を支え」
答案作成の根拠 与件文から両社の強みを明確に抜き出し、対比させる構成で答案を作成する。 A 社については、事業の核である「地産地消の原材料」の確保が強みであると分かる。さらに、その強みを活かして大都市圏やネット通販といった新市場を開拓したことから、高い「企画販売力」も強みと判断できる。 一方、F 社の強みは、和菓子が主力の A 社が持たない「洋菓子」という事業領域と、その評判を支えてきた「ベテラン職人の高い技術力」に裏打ちされた「商品開発力」にある。 これらの点を整理し、両社の強みの違いが明確になるように記述する。
使用した経営学の知識
- VRIO 分析:企業の競争優位の源泉となる経営資源を評価するフレームワークである。A 社の「農家との関係性(組織)」や「販売チャネル開拓力(組織)」、F 社の「職人技(希少性)」は、それぞれの企業の強みを分析する上で参考になる。
- コア・コンピタンス:企業の中核となる強みである。A 社にとっては「地産地消原材料を活かした商品企画・販売能力」、F 社にとっては「職人技術に根差した洋菓子製造能力」がこれに該当する。
第 2 問(配点 20 点)
設問文
金融機関の後押しがあったにもかかわらず、当初、A 社社長は、F 社を傘下に収めることに対して、積極的、前向きではなかった。その理由として、どのようなことが考えられるか。F 社が直面していた財務上の問題以外で考えられる点について、100 字以内で述べよ。
回答例(97 字)
① 和洋菓子という事業・技術・企業文化の違いから組織融合が難しく、シナジー創出が不透明な点。②F 社の売上急減の原因である競争激化の脅威が自社にも波及し、経営資源が分散してしまうリスクを懸念した点。
解説
問題文の該当箇所
- 逡巡の事実:「A 社社長は逡巡していた」
- 両社の違い:A 社「和菓子」「80%近くがパート・アルバイト社員」、F 社「洋菓子メーカー」「菓子職人の技術がその評判を支え」
- F 社の不振要因:「W 市郊外にも次々と大規模なショッピングセンターがオープンし、有名洋菓子店が出店したため、周辺の競争は一挙に激化した」「売り上げが 3 年間で 30%近く落ち込んでしまった」
答案作成の根拠 設問の「財務上の問題以外」という制約に基づき、社長が買収を躊躇した理由を「組織的リスク」と「市場リスク」の 2 つの側面から導出する。
- 組織的リスク:A 社はパート中心の和菓子メーカー、F 社は職人気質の洋菓子メーカーであり、事業、技術、人員構成、ひいては企業文化が大きく異なる。この相違は買収後の組織融合(PMI)を困難にし、期待されるシナジー創出を不透明にさせるため、社長は慎重になったと考えられる。
- 市場リスク:与件文には、F 社の売上急減の原因が有名洋菓子店の進出による「競争激化」という外部環境の脅威であると明記されている。この脅威は買収後、自社にも直接降りかかる可能性がある。不振事業を抱えることで、大都市圏進出で伸長してきた自社の経営資源が分散し、共倒れになるリスクを懸念したと推測できる。
使用した経営学の知識
- M&A (企業の合併・買収):買収の意思決定においては、財務評価だけでなく、事業ポートフォリオや市場環境、組織文化の適合性といった多面的なリスク分析が不可欠であることを問うている。
- PMI (Post Merger Integration):M&A 後の統合プロセス。特に本件のように企業文化が大きく異なる場合の組織融合の難しさは、M&A が失敗する主要因の一つである。
- SWOT 分析:F 社が直面していた「競争激化」は、外部環境における重大な「脅威(Threat)」である。A 社社長は、この脅威が自社に与える影響を分析し、買収のリスクを評価したと考えられる。
第 3 問(配点 20 点)
設問文
A 社が F 社を傘下に収めた結果、買収された F 社の従業員に比べて、買収した A 社の従業員のモラールが著しく低下してしまった。両社の人事構成を踏まえた上で、その理由について、100 字以内で述べよ。
回答例(100 字)
A 社は従業員の 8 割がパート・アルバイトであるため、買収後に断行された 40 名の人員整理に対し、立場の弱い自分たちが解雇されるのではないかという強い雇用不安を感じ、経営陣への不信感と不公平感を抱いたため。
解説
問題文の該当箇所
- A 社:「120 名程度の従業員のうち 80%近くが、パート・アルバイト社員であった」
- F 社:「従業員数 50 名(うちパート・アルバイト社員約 20 名含む)」
- 買収後:「A 社と F 社の従業員 40 名程度の人員整理を実施した」
答案作成の根拠
設問の「両社の人事構成を踏まえた上で」という指示が重要なポイントである。
与件文から、A 社は従業員の大半(約 80%)がパート・アルバイトである一方、F 社は正社員の比率が比較的高い(60%)ことが分かる。
このような状況で、合計 40 名という大規模な人員整理が行われれば、雇用形態が不安定なパート・アルバイトが大半を占める A 社の従業員は、「自分たちが整理の対象になるのではないか」という強い雇用不安を抱く。
また、不振企業を救済した結果、自分たちが職を失うかもしれないという状況は、経営判断に対する不信感や、F 社従業員に対する不公平感につながりやすく、これがモラールの著しい低下を招いたと考えられる。使用した経営学の知識
- モラール(士気):従業員が持つ労働意欲や組織への帰属意識である。モラールは、雇用の安定性、処遇の公平性、経営への信頼感などに大きく影響される。本件のような大規模なリストラクチャリングは、従業員のモラールに深刻な悪影響を及ぼす典型的な例である。
- PMI (Post Merger Integration):M&A 後の統合プロセスである。特に人事制度の統合は従業員の関心が非常に高く、慎重に進めないと組織的な混乱や従業員のモチベーション低下を招く。
第 4 問(配点 20 点)
設問文
A 社社長は、生産体制を見直す際に、F 社出身のベテランの洋菓子職人を A 社工場の責任者に任命した。こうした施策を講じることによって、どのような成果や効果を期待したと考えられるか。100 字以内で述べよ。
回答例(100 字)
F 社の持つ卓越した洋菓子技術を A 社に導入し、A 社の弱みである商品開発力を強化すること。また、被買収企業の従業員を要職に抜擢することで、その貢献意欲を高め、両社の円滑な組織的・心理的融合を促進すること。
解説
問題文の該当箇所
- A 社の課題:「卓越した商品開発のノウハウが備わっていたわけではなかった」
- F 社の強み:「菓子職人の技術がその評判を支え」
- 人事施策:「F 社の工場 1 つを閉鎖。そこで生産を統括していた洋菓子職人の 1 人と数人の職人が A 社の工場に配置転換」
答案作成の根拠
この人事施策から期待される効果を「事業面」と「組織面」の 2 つの側面から考える。- 事業面の効果(シナジー創出):A 社の課題は「商品開発力不足」であった。一方、F 社の強みは「洋菓子の高い技術力」である。F 社のベテラン職人を A 社工場の責任者にすることで、その技術やノウハウを A 社に正式に移転・融合させ、A 社の弱みを補強し、競争力のある新商品開発を加速させることが期待できる。
- 組織面の効果(組織融和):M&A 後は、買収された側の従業員が「二級市民」扱いされていると感じ、モチベーションが下がりやすい。そこで、F 社出身者を責任者という重要なポストに抜擢することで、彼らの能力を高く評価しているというメッセージを発信し、F 社従業員の貢献意欲を引き出すと共に、A 社従業員にも F 社の強みを尊重する姿勢を示し、組織全体の融和を促進する狙いがあったと考えられる。
使用した経営学の知識
- M&A におけるシナジー:特に、A 社の弱み(商品開発力)を F 社の強み(技術力)で補完する「補完的シナジー」の創出が期待される。
- 組織開発:買収後の組織統合(PMI)において、人事交流やキーパーソンの抜擢は、異なる組織文化を持つ従業員間の壁を取り払い、一体感を醸成するための有効な手段である。これは、買収された側の人材の流出を防ぐリテンションマネジメントの観点からも重要である。
第 5 問(配点 20 点)
設問文
現在、A 社は、地元市場の不振と、景気低迷に伴う大都市圏事業の縮小といった厳しい経営状況に直面している。急速な業績回復が期待できない中で、短期的に売り上げを増進させるための具体的施策について、中小企業診断士として助言を求められた。どのような助言を行えばよいか、150 字以内で述べよ。
回答例(142 字)
好調なネット通販を強化する。具体的には、A 社の原材料と F 社の洋菓子技術を融合させた和洋折衷の菓子などを通販限定の新商品として開発・投入する。同時に、通販で高まった農家の知名度を活かし、生産者の顔が見えるストーリー性を訴求することで付加価値を高め、中元歳暮などギフト需要の開拓を目指す。
解説
問題文の該当箇所
- 現状:「地元市場の不振」「大都市圏事業の縮小」
- 強み・資産:「インターネットを活用した通信販売も思いのほか反響が大きく」「A 社の業績を高めた」「A 社と契約していた W 市周辺地区の特産品とその生産農家の知名度を高めることにもなった」
- シナジー源泉:A 社の「地元で採れた農産物を主原料」、F 社の「菓子職人の技術」
答案作成の根拠
「短期的」「売り上げ増進」「急速な回復は期待できない(=大規模投資は困難)」という制約条件から、既存の強みと成功しているチャネルを最大限に活用する方向で助言を組み立てる。- チャネルの選択:店舗売上が落ち込む中、与件文で「思いのほか反響が大きく、A 社の業績を高めた」と明記されているインターネット通販は、テコ入れすべき最も有望なチャネルである。
- 商品の方向性:M&A で得たシナジーを活かす。A 社の強みである「こだわりの原材料」と、F 社の強みである「洋菓子の製造技術」を掛け合わせた和洋折衷菓子などの新商品を開発することで、独自性と競争力を打ち出すことができる。
- 付加価値向上策:通販事業を通じて高まった「生産農家の知名度」をさらに活用する。商品の背景にあるストーリー(生産者のこだわりなど)を積極的に発信することで、価格競争に陥らずに顧客にアピールすることができる。
これらの要素を組み合わせ、「どのチャネルで(通販)」「何を売り(シナジー商品)」「どのように売るか(ストーリー性、ギフト需要)」を具体的に示す形で助言をまとめる。
使用した経営学の知識
- アンゾフの成長マトリクス:企業の成長戦略を「市場」と「製品」の 2 軸で考えるフレームワークである。本助言は、既存の製品(和菓子、洋菓子)のノウハウを活かした「新製品開発」を、既存のチャネルである「市場浸透(ネット通販の深耕)」と組み合わせて行う戦略である。
- チャネル戦略:企業が製品やサービスを顧客に届けるための経路(チャネル)をどう構築・活用するかという戦略である。店舗販売が不振の中で、成長しているオンラインチャネルに経営資源を集中投下するのは合理的な判断である。