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令和 2 年度(2020 年度)事例 Ⅳ 解答解説
第 1 問(配点 25 点)
(設問 1)
①:優れている指標
- (a) 売上高総利益率
- (b) 26.39 (%)(計算過程:1,202 ÷ 4,555 × 100 = 26.39、同業他社:16.32%)
- 解説:注文住宅における付加価値創出力が高く、価格決定力と設計・施工品質の優位が示唆される。
②:劣っている指標 1
- (a) 売上高販管費率
- (b) 24.24 (%)(計算過程:1,104 ÷ 4,555 × 100 = 24.24、同業他社:12.37%)
- 解説:手厚いアフターケアや多頻度対応により販管費が嵩み、収益を圧迫している。顧客満足とコスト最適化の両立が課題である。
③:劣っている指標 2
- (a) 当座比率
- (b) 28.74 (%)(計算過程:(707 + 36) ÷ 2,585 × 100 = 28.74、同業他社:127.60%)
- 解説:短期借入金依存が大きい一方で当座資産が薄く、短期支払能力に懸念がある。資金繰りの改善が急務である。
【別解】
①:優れている指標(別解)
- (a) 売上高総利益率:26.39 (%)(同上)
②:劣っている指標(別解)
- (a) 有形固定資産回転率:5.30 (回)(計算過程:4,555 ÷ 860 = 5.30、同業他社:13.60 回)
- 解説:飲食事業店舗等への投資効率が低く、資産の稼働・選択と集中が課題である。
- (a) 自己資本比率:15.82 (%)(計算過程:608 ÷ 3,844 × 100 = 15.82、同業他社:66.12%)
- 解説:借入依存が高く財務安全性が低い。内部留保の積上げと負債構成の見直しが必要である。
【補足:売上高営業利益率を採用しない理由】
営業利益率は一見わかりやすいが、原価要因と販管費要因が混在する複合指標であり、どちらが主要因かを判別しにくい。D 社のように「手厚い顧客対応」に伴うコスト上昇が示唆されるケースでは、 売上高販管費率(24.24%) を用いることで、人件費・販促費・アフターサービス費などのコスト増をピンポイントに指摘できる。
(設問 2)
D 社の当期の財政状態および経営成績について、同業他社と比較した場合の特徴を 60 字以内で述べよ。
回答例 (59 字)
高い売上総利益率を確保する一方、販管費率と当座比率が課題であり、手厚い対応コストと資金繰りの脆弱性を是正すべきである。
第 2 問(配点 30 点)
(設問 1)
損益分岐点売上高を求めよ。(a)欄に計算過程を示し、計算した値を(b)欄に記入すること。
(a) 計算過程(答案用紙用)
- 当期の変動費率:(39/60=0.65)
- 売上 70 での利益:(70-70×0.65-28=-3.5)(百万円)→ この時点で赤字
- 70 超過分の限界利益率:(1-0.60=0.40)
- 赤字補填に必要な追加売上:(3.5/0.40=8.75)(百万円)
- 損益分岐点売上高:(70+8.75=78.75)(百万円)
(a) 計算過程(解説用)
- 当期の変動費率を求める。 変動費率 = 39 百万円 ÷ 60 百万円 = 0.65
- 売上高 70 百万円時点での利益を計算する。 この時点では変動費率は 0.65 のままである。 利益 = 70 百万円 - (70 百万円 × 0.65) - 28 百万円 = -3.5 百万円 この時点では赤字のため、損益分岐点売上高は 70 百万円を超える。
- 70 百万円を超えてから損益分岐点に達するまでの追加売上高を求める。 70 百万円超過分の限界利益率は 1 - 0.60 = 0.40 である。 ステップ 2 の赤字 3.5 百万円を、この限界利益で補填すればよい。 追加売上高 = 3.5 百万円 ÷ 0.40 = 8.75 百万円
- 損益分岐点売上高を計算する。 損益分岐点売上高 = 70 百万円 + 8.75 百万円 = 78.75 百万円
(b) 計算した値
78.75(百万円)
(設問 2)
D 社が次期期首に行うべき意思決定について、キャッシュ・フローの正味現在価値に基づいて検討することとした。① の場合の正味現在価値を(a)欄に、② の場合の正味現在価値を(b)欄に、③ つの選択肢のうち最適な意思決定の番号を(c)欄に、それぞれ記入せよ。
(a) 選択肢 ① の正味現在価値
(i) 計算過程(答案用紙用)
- 営業 CF(効果あり,5 年,期末):35×(0.926+0.857+0.794+0.735+0.681)=139.755
- 広告料(期首 ×5 年):5×(1+0.926+0.857+0.794+0.735)=-21.560
- 資産処分(5 年末):24×0.681=16.344
- 効果なし(営業 CF 3 年):-5×(0.926+0.857+0.794)=-12.885、広告 3 年:5×(1+0.926+0.857)=-13.915、処分 3 年末:28×0.794=22.232 → -4.568
- 期待 NPV:0.7×134.539 + 0.3×(-4.568)=92.81
(ii) 計算結果
- 92.81(百万円)
(b) 選択肢 ② の正味現在価値
(i) 計算過程(答案用紙用)
- 順調(40%):NPV = 12.5×0.926 + 25×(0.857+0.794+0.735+0.681) + 27×0.681 − 30 = 76.637
- 不調(60%):NPV = 7.5×0.926 + 15×(0.857+0.794+0.735+0.681) + 27×0.681 − 30 = 41.337
- 期待 NPV = 0.4×76.637 + 0.6×41.337 = 55.46
(ii) 計算結果
- 55.46(百万円)
(c) 最適な意思決定
- ①
(解説用メモ)
- 割引率 8%の現価係数:1 年 0.926, 2 年 0.857, 3 年 0.794, 4 年 0.735, 5 年 0.681。
- ① は広告が期首支出のため年金現価係数ではなく「1 +係数和」で処理。効果あり/なしを確率加重して期待 NPV=92.81。
- ② は初期投資 30 を控除。1 年目は半年営業(与件の前提)により 12.5 or 7.5、2〜5 年は 25 or 15、5 年末に処分 27 を加えてシナリオ別 NPV→ 期待 NPV=55.46。
- ③(即時閉店)は期首の売却 CF=30 でNPV=30。
- 比較:① 92.81 > ② 55.46 > ③ 30 → ① が最適。
第 3 問(配点 20 点)
(設問 1)
D 社が行うべき会計処理を 40 字以内で説明せよ。
回答例(40 字)
純資産時価と買収対価の差額 100 百万円を、負ののれん発生益として特別利益に計上する。
解説
問題文の該当箇所
- 「E 社の資産および負債の時価評価を行った結果、資産の時価合計は 500 百万円、負債の時価合計は 350 百万円と算定された。」
- 「D 社は 50 百万円を...対価として E 社を買収することを検討している。」
答案作成の根拠
- 被買収企業の純資産時価の算定: E 社の純資産時価 = 資産の時価 500 百万円 - 負債の時価 350 百万円 = 150 百万円
- のれん(または負ののれん)の算定: 差額 = 純資産時価 150 百万円 - 買収対価 50 百万円 = 100 百万円
- 会計処理の判断: 買収対価が受け入れる純資産の時価を下回る場合、その差額は「負ののれん」となる。負ののれんは、割安な価格で企業を買収できたことを示すものであり、原則として、その発生した事業年度の特別利益(負ののれん発生益)として一括で計上する。
使用した経営学の知識
- 企業結合会計: 企業買収(M&A)などにおける会計処理の基準である。
- のれん: 買収対価が、被買収企業の純資産時価を超える場合の差額。ブランド力や技術力など、貸借対照表に計上されない無形の価値を表し、資産として計上後、一定期間で償却される。
- 負ののれん: 本問のケースのように、買収対価が被買収企業の純資産時価を下回る場合の差額。会計上は、発生事業年度の利益(特別利益)として処理される。
(設問 2)
この買収のリスクについて、買収前に中小企業診断士として相談を受けた場合、どのような助言をするか、60 字以内で述べよ。
回答例(58 字)
E 社は赤字企業であり、事業シナジーが創出できなければ、収益を圧迫する。簿外債務等の潜在的リスクにも注意が必要である。
解説
問題文の該当箇所
- 「E 社の当期純損失は 16 百万円であった。」
- 「D 社は、リフォーム事業の拡充のため...E 社の買収を検討している。」
答案作成の根拠 中小企業診断士として、財務情報と買収の目的に基づき、潜在的なリスクを多角的に指摘する必要がある。
- 財務リスク: E 社は当期純損失 16 百万円の赤字企業である。買収後に経営改善が図れず赤字が継続すれば、D 社全体の収益性を悪化させる直接的なリスクとなる。
- 事業シナジーのリスク: 買収目的は「リフォーム事業の拡充」である。しかし、組織文化の違いや従業員のモチベーション低下などにより、期待していた連携(シナジー効果)が生まれず、投資が失敗に終わるリスクがある。
- デューデリジェンスのリスク: 時価評価は行っているが、帳簿に現れない偶発債務(訴訟、保証など)が後から発覚する可能性がある。これらのリスクを包括的に指摘する。
これらのリスクの中から、最も根源的である「赤字企業であること」と、買収で一般的に留意すべき「シナジー」と「簿外債務」を盛り込み、60 字で簡潔に助言する。
使用した経営学の知識
- M&A (Mergers and Acquisitions): 企業の合併・買収の総称。成長戦略の一つであるが、多くのリスクを伴う。
- シナジー効果: 複数の事業や企業が統合することで、それぞれが単独で活動するよりも大きな成果を生み出す効果。M&A の成功を左右する重要な要素である。
- デューデリジェンス (Due Diligence): M&A を行う際に、買収対象企業の価値やリスクを詳細に調査すること。財務、法務、事業など多岐にわたる。
第 4 問(配点 25 点)
(設問 1)
(a)戸建住宅事業および(b)D 社全体について、当期の ROI をそれぞれ計算せよ。 解答は、%で表示し、小数点第 3 位を四捨五入すること。
回答例
(a) 戸建住宅事業の当期 ROI4.31 (%)
(b) D 社全体の当期 ROI2.55 (%)
解説
ROI(投下資本利益率)は、利益 ÷ 投下資本 で求める。
(a) 戸建住宅事業
ROI = 146 ÷ 3,385 = 0.0431 → 4.31%(b) D 社全体
ROI = 98 ÷ 3,844 = 0.0255 → 2.55%
(設問 2)
各事業セグメントの売上高、セグメント利益およびセグメント資産のうち、このソフトウェア導入に関係しない部分の値が次期においても一定であると仮定する。このソフトウェアを導入した場合の次期における戸建住宅事業の ROI を計算せよ。解答は、%で表示し、小数点第 3 位を四捨五入すること。
回答例
4.18 (%)
解説
答案作成の根拠 VR 導入後の次期の戸建住宅事業のセグメント利益(分子)とセグメント資産(分母)を予測し、ROI を計算する。
次期のセグメント利益(分子)の計算
- 既存事業の利益: 146 百万円 (前期から一定)
- VR による売上増: +92 百万円
- VR ソフトウェアの減価償却費: - (400 百万円 ÷ 5 年) = -80 百万円
- 次期利益 = 146 + 92 - 80 = 158 百万円 ※支払利息は営業外費用のため、営業利益ベースであるセグメント利益の計算には含めない。この計算は前回と同様である。
次期末のセグメント資産(分母)の計算 この問題では、期中の事業活動による資産の増減を期末資産に反映させる必要があると解釈する。
- 当期末の資産(=次期期首の資産): 3,385 百万円
- ソフトウェアの取得による資産増: +400 百万円
- ソフトウェアの減価償却による資産減: -80 百万円
- 売上増加に伴う資産(現金・売掛金等)の増加: +92 百万円
- 支払利息による資産(現金等)の減少: -16 百万円 (借入金 400 百万円 × 年利 4%)
- 次期末資産 = 3,385 + 400 - 80 + 92 - 16 = 3,781 百万円
次期の ROI の計算
- ROI = 次期利益 158 百万円 ÷ 次期末資産 3,781 百万円 = 0.041787... ≒ 4.18 %
(設問 3)
取締役に対する業績評価の方法について、中小企業診断士として助言を求められた。現在の業績評価の方法における問題点を ⒜ 欄に、その改善案を ⒝ 欄に、それぞれ 20 字以内で述べよ。
回答例
(a) 問題点長期的な投資を抑制する可能性がある点。(19 字)
(b) 改善案残余利益(RI)を業績評価に導入する。(19 字)
解説
問題文の該当箇所
- 「取締役の業績は各事業セグメントの当期 ROI(投下資本営業利益率)によって評価されている。」
- 設問 2 の計算結果。
答案作成の根拠
(a) 問題点 設問 2 の結果、売上と利益の増加が見込める有益な VR 投資を実行すると、戸建住宅事業の ROI は 4.31% から 4.18% へと低下する。このように、ROI を業績評価指標にすると、たとえ企業全体にとってプラスの投資であっても、自部門の ROI を低下させる投資を事業部長(取締役)が躊躇してしまうという問題が生じる。特に、分母(投下資本)が大きくなる大規模・長期的な投資が抑制されがちである。
(b) 改善案 ROI の上記の問題点を克服する指標として 残余利益(RI: Residual Income) が挙げられる。
- 残余利益 = 営業利益 - (投下資本 × 資本コスト率) 残余利益は、資本コストを上回る利益の「絶対額」を評価する。そのため、事業部の ROI を下げてしまう投資であっても、その投資が生み出す利益が資本コストを上回っていれば、残余利益は増加する。これにより、有益な投資を促進する効果が期待できる。文字数制限を踏まえ、この改善策を端的に提案する。
使用した経営学の知識
- 事業部長の業績評価: 事業部制組織において、各事業部長のパフォーマンスを適切に測定し、全社的な目標と各事業部の目標を一致させる(目標の整合性)ための仕組み。
- ROI の欠点: ROI は率で評価するため、① 利益の絶対額を無視する、② 長期的な投資を抑制するバイアスがかかる、といった問題点が知られている。
- 残余利益 (RI): ROI の欠点を補うための業績評価指標。投資の絶対額を評価するため、全社的な観点から有益な投資案を正しく評価し、投資を促進するインセンティブとなる。EVA®(経済的付加価値)も同様の考え方に基づく指標である。