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平成 21 年度(2009 年度)事例 Ⅳ 解答解説
第 1 問(配点 40 点)
設問文
D 社の平成 20 年度の財務諸表を用いて経営分析を行い、この企業の財務上の長所・短所のうち重要と思われるものを 3 つ取り上げよ。その各々について、長所・短所の根拠を最も的確に示す経営指標を 1 つだけあげて、その名称を(a)欄に示し、経営指標を計算(小数第 3 位を四捨五入すること)して(b)欄に示した上で、その長所・短所が生じた原因を D 社のこれまでの経営状況に照らして(c)欄に 60 字以内で説明せよ。
①:優れている指標
- (a) 売上高営業利益率
- (b) 8.48 (%) (計算過程:476 ÷ 5,611 × 100、同業他社:3.99 %)
- (c) 高い縫製技術に基づく高品質・高機能な OEM 製品が主であり、同業他社比で高い収益性を確保しているため。(50 字)
②:課題となる指標
- (a) 有形固定資産回転率
- (b) 2.62 (回) (計算過程:5,611 ÷ (1,034 + 1,086 + 21)、同業他社:4.53 回)
- (c) 事業拡大で買い増した本社の土地・建物が過大で、老朽化も重なり、売上創出効率が同業より低いため。(47 字)
③:課題となる指標
- (a) 自己資本比率
- (b) 25.56 (%) (計算過程:1,281 ÷ 5,012 × 100、同業他社:29.45 %)
- (c) 過大な本社固定資産の取得を借入金に依存した結果、自己資本比率が同業より低く、財務安定性が劣るため。(49 字)
解説
- 指標選定理由:
- 売上高営業利益率(収益性):与件文の「高い縫製加工技術」「有名ブランド品の OEM 生産」という強みが本業の収益性に表れているかを測るため。D 社 8.48% は同業 3.99% を大きく上回り、明確な長所である。
- 有形固定資産回転率(効率性):与件文の「手狭になったため隣地の中古不動産を買い増し」「老朽化しており、建て替えも検討」から、本社の固定資産が過大で非効率である可能性を疑うため。D 社 2.62 回は同業 4.53 回を大きく下回り、短所である。
- 自己資本比率(安全性):過大な固定資産(②)の調達源泉として負債が過剰になり、総資本に占める自己資本の割合が低下していないか、また本社売却で財務改善を目指す背景を分析するため。D 社 25.56% は同業 29.45% より低く、財務安定性に課題があることを示す短所である。
- 算定ルール:
- 売上高営業利益率=営業利益 ÷ 売上高 × 100
- 有形固定資産回転率=売上高 ÷ 有形固定資産(土地+建物・機械装置+その他有形固定資産)
- 自己資本比率=純資産合計 ÷ 資産合計 × 100
- 丸め・単位:%・回は小数第 3 位を四捨五入。
- 解釈:D 社は、OEM 生産を中心とした高い技術力で**高い収益性(長所)を確保している。しかし、事業拡大に伴い買い増した本社の固定資産が過大(短所)**であり、その多くを負債で調達した結果、**自己資本比率が低下(短所)**しており、効率性と安全性が同業他社に比べ劣っている。
第 2 問(配点 20 点)
(設問 1)
本社(土地及び建物)を売却しない場合、平成 21 年度の税引前自己資本利益率の期待値を求めよ(計算結果は%で解答し、小数第 3 位を四捨五入すること)。
回答例
-0.19 (%)
解説
- 前提数値(H21 期首= H20 期末 B/S):
- 総資本 (A):5,012 百万円
- 負債 (D):3,731 百万円
- 自己資本 (E):1,281 百万円
- 負債利子率 (i):4.9%
- 支払利息 (I) の計算:
- I = D × i = 3,731 百万円 × 4.9% = 182.819 百万円
- ケース 1(ROA 9.7%):
- 営業利益 (OI) = A × ROA = 5,012 × 9.7% = 486.164 百万円
- 税引前利益 (EBT) = OI - I = 486.164 - 182.819 = 303.345 百万円
- 税引前 ROE = EBT / E = 303.345 / 1,281 = 0.2368... (23.68%)
- ケース 2(ROA -2.5%):
- 営業利益 (OI) = A × ROA = 5,012 × (-2.5%) = -125.3 百万円
- 税引前利益 (EBT) = OI - I = -125.3 - 182.819 = -308.119 百万円
- 税引前 ROE = EBT / E = -308.119 / 1,281 = -0.2405... (-24.05%)
- 期待値の計算:
- 期待値 = (23.68% + (-24.05%)) × (1/2) = -0.37% × 0.5 = -0.185%
- 小数第 3 位四捨五入により -0.19% となる。
(設問 2)
本社(土地及び建物)を売却した場合、18 億円のキャッシュフローが得られる。これを全額負債の返済に充当することを検討している。この場合、景気変動による税引前自己資本利益率のバラツキがどのように変化するかを 100 字以内で説明せよ。
回答例(98 字)
本社売却による負債返済で自己資本比率が向上し、財務レバレッジが低下する。その結果、総資本営業利益率の変動が税引前自己資本利益率に与える増幅効果が緩和され、景気変動による利益のバラツキは小さくなる。
解説
本設問は、財務構造の変更が「自己資本利益率(ROE)の変動性(バラツキ)」に与える影響、すなわち財務レバレッジの効果を理解しているかを問うものである。
財務構造の変化
- 負債(D)の減少:本社売却で得たキャッシュ(18 億円)を全額負債の返済に充てるため、負債は減少する。
- 自己資本(E)の増加:与件文および貸借対照表から、売却手取額(18 億円)が売却する本社(土地+建物)の簿価(合計 17.34 億円)を上回る。この差額(66 百万円)は売却益として自己資本(純資産)を増加させる。
財務レバレッジの低下
- 上記の通り、負債(分子)が減少し、自己資本(分母)が増加するため、**負債比率(D/E)**は明確に低下する。
- 同様に、総資産(A)も減少するが、自己資本(E)は増加するため、**財務レバレッジ(A/E)**も低下し、**自己資本比率(E/A)**は向上する。
バラツキへの影響
- 財務レバレッジは、総資本営業利益率(ROA)の変動を、自己資本利益率(ROE)の変動へと増幅させる「てこ」の役割(レバレッジ効果)を持つ。
- 今回の施策(本社売却と負債返済)により財務レバレッジが低下するため、この増幅効果が緩和される。
- したがって、景気変動によって ROA が好転・悪化しても、ROE が受ける影響の振れ幅(バラツキ)は、施策実行前よりも小さくなる。
第 3 問(配点 20 点)
(設問 1)
D 社の平成 20 年度の損益分岐点売上高を求め、(a)欄に記入せよ。 平成 21 年度の売上高が平成 20 年度より 20%減少したときに予想される経常利益を求め、(b)欄に記入せよ。
(a) 損益分岐点売上高
5,105 (百万円)
(b) 予想される経常利益
-330 (百万円)
解説
- H20 の変動費・固定費(経常利益ベース)の算定:
- 与件「販管費、営業外損益はすべて固定費」
- H20 売上高 (S) = 5,611
- 変動費 (V) = 売上原価 - 売上原価内固定費 = 4,204 - 1,598 = 2,606
- 変動費率 (v) = V / S = 2,606 / 5,611
- 固定費 (F) = 売上原価内固定費 + 販管費 + (営業外費用 - 営業外収益)
- F = 1,598 + 931 + (208 - 3) = 2,734
- (a) H20 損益分岐点売上高 (BEP) の計算:
- BEP = F / (1 - v) = 2,734 / (1 - 2,606 / 5,611)
- = 2,734 / ((5,611 - 2,606) / 5,611)
- = 2,734 / (3,005 / 5,611) = (2,734 × 5,611) / 3,005
- = 5,104.98...
- 百万円未満四捨五入により 5,105 百万円
- (b) H21 予想経常利益(売却なし・売上 20%減)の計算:
- H21 予想売上高 (S') = 5,611 × (1 - 0.2) = 4,488.8
- H21 固定費 (F) = 2,734 (H20 と同額)
- 予想経常利益 = S' × (1 - v) - F
- = 4,488.8 × (3,005 / 5,611) - 2,734
- = 2,404 - 2,734 = -330 百万円
(設問 2)
本社を売却した場合の平成 21 年度の損益分岐点売上高を求め、(a)欄に記入せよ(計算結果は百万円単位で解答し、百万円未満を四捨五入すること)。
また、この結果、営業レバレッジがどのように変化し、その変化が D 社の業績にどのような影響を与えるかを、財務・会計の観点から 100 字以内で(b)欄に説明せよ。
(a) 損益分岐点売上高
4,472 (百万円)
(b) D 社の業績への影響(98 字)
本社売却で賃借料等が発生する一方、販管費や支払利息等の固定費が大幅に削減される。これにより営業レバレッジが低下し、売上高の変動が利益に与える影響が緩和され、景気変動に対する業績の安定性が向上する。
解説
- (a) H21 損益分岐点売上高(売却あり)の計算:
- H21 固定費 (F') の算定:
- H20 固定費 (F) = 2,734
- 販管費削減 = -300
- 賃借料増加 = +45
- アウトソーシング費増加 = +60
- 支払利息減少(与件「金利 8%」適用) = 1,800 × 8% = 144
- F' = 2,734 - 300 + 45 + 60 - 144 = 2,395
- BEP(売却後)の計算:
- 変動費率 (v) = 2,606 / 5,611 (変化なし)
- BEP' = F' / (1 - v) = 2,395 / (3,005 / 5,611)
- = (2,395 × 5,611) / 3,005
- = 4,472.00...
- 百万円未満四捨五入により 4,472 百万円
- H21 固定費 (F') の算定:
- (b) 営業レバレッジの変化と影響:
- 営業レバレッジは「固定費の大きさ」に比例する。
- 本社売却により固定費が 2,734 から 2,395 へと減少するため、営業レバレッジは低下する。
- 営業レバレッジが低下すると、売上高の増減に対する利益の増減率(感応度)が小さくなる。
- これは、与件文にある「売上高の変動リスク」に対し、経営の安定性を高める効果があることを意味する。
第 4 問(配点 20 点)
(設問 1)
為替による損益
-140 (万円)
解説
- D 社は 500 万ドルを 100 円/ドルで売る予約(売り建て)を行った。
- しかし、実際の上期売上(実需)は 430 万ドルであった。
- この結果、予約が実需を上回る 70 万ドル(500 万ドル - 430 万ドル)分は、投機的ポジションとなる。
- 期末(決済時)のスポットレートは 102 円/ドルであった。
- 「為替による損益」として、この実需を超えた 70 万ドル部分の決済損益を計算する。
- 損益 = (予約レート - スポットレート) × 投機的ポジション数量
- = (100 円/ドル - 102 円/ドル) × 700,000 ドル
- = -2 円/ドル × 700,000 ドル
- = -1,400,000 円
- したがって、為替による損益は -140 万円(140 万円の損失)となる。
(設問 2)
D 社では、オプションを用いて為替リスクをヘッジすることも検討している。 1 ドル 100 円で決済するためには、どのようなオプションを用いるべきか、50 字以内で(a)欄に説明せよ。 また、オプションを用いた場合の長所と短所を 100 字以内で(b)欄に説明せよ。
(a)オプション
ドル・プット・オプション(通貨プットオプション)を権利行使価格 100 円で購入する。
(b)オプションを用いた場合の長所と短所(88 字)
長所は、円安時には権利を放棄して市場レートで売却し利益を得られる点。短所は、円高時に権利を行使して損失を限定できても、オプション料(プレミアム)のコストが必ず発生する点である。
解説
- (a) オプションの種類:D 社はドルの売り手(円の買い手)である。
- 100 円より円高(例:98 円)になった場合、100 円で「売る権利」が欲しい。
- 100 円より円安(例:102 円)になった場合、市場で 102 円で売りたいため、権利は放棄する。
- この「売る権利」をプット・オプションと呼ぶ。
- (b) 長所と短所:
- 長所(為替予約との比較):為替予約はレートを固定してしまうため、円安(有利な方向)に動いた場合の利益(機会利益)を逃してしまう。オプション(プット購入)は、円高(不利な方向)のリスクは 100 円でヘッジしつつ、円安(有利な方向)の利益は享受できる(権利放棄すればよいため)。
- 短所(為替予約との比較):為替予約は(通常)コストがかからないが、オプションは権利を得るための対価(オプション・プレミアム)を期首に支払う必要がある。このコストは、権利を行使しようが放棄しようが、必ず発生する。