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令和 6 年度(2024 年度)事例 Ⅳ 回答と解説

第 1 問 (配点 25 点)

(設問 1)

D 社および同業他社の財務諸表を用いて経営分析を行い、同業他社と比較して D 社が優れていると考えられる財務指標を 1 つ、劣っていると考えられる財務指標を 2 つ取り上げ、それぞれについて、名称を(a)欄に、その値を(b)欄に記入せよ。解答にあたっては、① の欄に優れていると考えられる指標を、②、③ の欄に劣っていると考えられる指標を記入すること。なお、(b)欄の値については、小数第 3 位を四捨五入し、小数第 2 位まで表示すること。また、(b)欄のカッコ内に単位を明記すること。

(a) 名称(b) 値
有形固定資産回転率11.26 (回)
売上高総利益率59.01 (%)
自己資本比率14.15 (%)

解説

  • 問題文の該当箇所: D 社および同業他社の貸借対照表、損益計算書。与件文の「製品開発から生産、加工、販売に至る一貫体制」「地元産の新鮮な食材にこだわったメニュー」「一体体制の構築・維持にはコストがかかり、財務的なリスクを高めている」という記述。

  • 答案作成の根拠: 与えられた財務諸表から経営指標を算出し、与件文の内容と関連付けて D 社の特徴を分析します。

    1. 優れている指標:有形固定資産回転率 効率性

      • D 社: 5,360 百万円 (売上高) ÷ 476 百万円 (有形固定資産) = 11.26 回
      • 同業他社: 11,151 百万円 ÷ 1,659 百万円 = 6.72 回
      • D 社は同業他社に比べ、有形固定資産を効率的に活用して売上高を生み出しています。これは、与件文にある「一貫体制を構築したことが...店舗運営の効率化などに寄与している」という記述を財務的に裏付けています。
    2. 劣っている指標:売上高総利益率 収益性

      • D 社: 3,163 百万円 (売上総利益) ÷ 5,360 百万円 (売上高) × 100 = 59.01 %
      • 同業他社: 7,815 百万円 ÷ 11,151 百万円 × 100 = 70.08 %
      • D 社の売上高総利益率は同業他社より低くなっています。これは、与件文の「地元産の新鮮な食材にこだわったメニュー」「契約農場から仕入れた鶏を原料として」といった記述から、高品質な原材料の仕入れにより売上原価が高くなっていることが原因と推測されます。こだわりの裏返しとして収益性が圧迫されている状況です。
売上高営業利益率を使わない方がよい理由
  • 売上高営業利益率の比較
    • D 社: 54 百万円(営業利益) ÷ 5,360 百万円(売上高) × 100 = 1.01%
    • 同業他社: 471 百万円 ÷ 11,151 百万円 × 100 = 4.22%

一見すると売上高営業利益率の比較も妥当に見えますが、売上高販管費率を見ると以下の通りです。

  • 売上高販管費率の比較
    • D 社: 3,109 百万円(販管費) ÷ 5,360 百万円(売上高) × 100 = 58.00%
    • 同業他社: 7,344 百万円 ÷ 11,151 百万円 × 100 = 65.86%

D 社は同業他社より販管費負担が小さいことがわかります。
さらに、与件文の「地元産の新鮮な食材にこだわったメニュー」や「契約農場から仕入れた鶏を原料として」といった記述から、原価率の高い食材を使用していると推測できます。

このため、採用すべき指標は売上高総利益率です。
売上高営業利益率だけでは「 売上原価が高いのか 」「 販管費が高いのか 」を判別できません。
分析の際は、売上高総利益率(または売上高原価率)と売上高販管費率を比較するようにしましょう。

  1. 劣っている指標:自己資本比率 安全性
    • D 社: 432 百万円 (純資産) ÷ 3,054 百万円 (総資産) × 100 = 14.15 %
    • 同業他社: 2,297 百万円 ÷ 6,440 百万円 × 100 = 35.67 %
    • D 社の自己資本比率は著しく低く、財務安全性が劣っています。これは、与件文の「一体体制の構築・維持にはコストがかかり、財務的なリスクを高めている」という記述の通り、一貫体制のための設備投資等を借入金で賄ってきた結果であると考えられます。
  • 使用した経営学の知識: 財務分析における効率性分析(有形固定資産回転率)、収益性分析(売上高総利益率)、安全性分析(自己資本比率)の知識を活用しました。各指標を計算するだけでなく、その背景にある経営活動を与件文から読み取り、企業の強みと弱みを多角的に関連付けて解釈することが重要です。

(設問 2)

D 社の当期の財政状態および経営成績について、同業他社と比較した場合の特徴を 80 字以内で述べよ。

回答例(78 字)

生産開発から販売までの一貫体制により有形固定資産の効率性は高いが維持コストが借入金を増やし安全性が低い。また食材へのこだわりが原価を押し上げ、収益性が低い。

解説

  • 問題文の該当箇所: D 社および同業他社の財務諸表。与件文の「一貫体制を構築」「一体体制の構築・維持にはコストがかかり、財務的なリスクを高めている」「地元産の新鮮な食材にこだわったメニュー」という記述。

  • 答案作成の根拠: 設問 1 の分析結果を与件文の記述と統合し、D 社の経営の全体像を因果関係と共に説明します。

    1. 安全性と効率性(トレードオフ関係): 与件文の「一貫体制」を維持するための設備投資が、貸借対照表の高い借入金依存度(低い自己資本比率)として表れており、安全性を損なっています。一方で、その投資の結果として、損益計算書の売上を有形固定資産で効率的に生み出す高い有形固定資産回転率という形で効率性には優れています。
    2. 収益性: 与件文の「食材へのこだわり」は、顧客評価の源泉である一方、損益計算書における高い売上原価(低い売上高総利益率)につながり、同業他社比で収益性が低いという経営成績の弱みを生んでいます。

    これらの要素を組み合わせ、「一貫体制が安全性と効率性に、こだわりが収益性に影響している」という構造で特徴を記述します。

  • 使用した経営学の知識: 財務分析の結果を、企業のビジネスモデルや経営戦略といった定性的な情報(与件文)と結びつけて解釈する能力が問われています。安全性、効率性、収益性の各側面を個別に評価するだけでなく、それらの間の関連性やトレードオフを指摘することで、より深い企業分析が可能となります。


第 2 問 (配点 20 点)

現在 D 社加工事業部は、自社工場で製造した唐揚げの一部を得意先向けの業務用冷凍食品として販売している。当期における当該業務用冷凍食品の製造に関するデータは以下のとおりである。次期においても、販売価格を除き、これらのデータに変動はないと予想されている。

項目
1 袋当たり販売価格3,300 円
1 袋当たり変動費1,780 円
固定費5,600,000 円
1 袋当たり直接作業時間1 時間
1 袋当たり機械運転時間2 時間

次期において、当該業務用冷凍食品の製造に割り当てが可能な直接作業時間は最大 10,000 時間、機械運転時間は最大 13,600 時間である。

(設問 1)

取引先の X 社から次期に最大 6,500 袋を購入したいという引き合いがあった。ただし、販売価格 3,000 円での納入を打診されている。D 社としては加工事業部のテコ入れを検討しているという事情もあり、引き受けを検討している。

一方で、新たに Y 社からも、次期に最大 4,200 袋を購入したいという引き合いがあった。ただし、タレで味付けするなどの追加加工を行った上で、4,800 円で納入することを打診されている。なお、追加加工は現在の設備で可能であり、新規の設備投資は必要ない。追加加工に必要な 1 袋当たりの原価などのデータは以下のとおりである。

項目
1 袋当たり変動費1,600 円
1 袋当たり直接作業時間1.5 時間
1 袋当たり機械運転時間0.5 時間

X 社および Y 社と交渉したところ、両社とも注文数量の調整に応じてくれることが分かった。次期の営業利益を最大化するための生産数量と、そのときの営業利益の額を答えよ。

解答にあたっては、X 社向けの生産数量を(a)欄に、Y 社向けの生産数量を(b)欄に、それぞれ記入すること。また、営業利益の額は(c)欄に記入するとともに、計算過程を(d)欄に示すこと。

回答例

(a) X 社向け生産数量(b) Y 社向け生産数量(c) 営業利益
6,500 (袋)240 (袋)2,670,800 (円)

(d) 計算過程

  1. X 社: 貢献利益 = 3,000 - 1,780 = 1,220 円(1h, 2h)
  2. Y 社: 貢献利益 = 4,800 - (1,780+1,600) = 1,420 円(2.5h, 2.5h)
  3. 制約あたり貢献利益は X 社優先 → 先に X 社を最大生産( 6,500 袋
  4. X 社 6,500 袋 生産(作業 6,500h/残 3,500h、機械 13,000h/残 600h)
  5. 残資源で Y 社生産 → min(3,500÷2.5, 600÷2.5) = 240 袋
  6. 営業利益 = (1,220×6,500 + 1,420×240) - 5,600,000 = 2,670,800 円

解説

  • 答案作成の根拠: 本問は、複数の制約条件(直接作業時間、機械運転時間)の下で、目的関数(営業利益)を最大化する 線形計画法 の問題である。
    1. まず、各製品の単位あたり貢献利益を計算する。貢献利益 = 販売価格 - 変動費。
    2. 次に、どちらの製品を優先して生産すべきかを判断するため、制約条件となっている資源(作業時間、機械時間)1 単位あたりの貢献利益を計算する。
    3. 計算の結果、両方の制約において X 社の方が収益性が高いため、X 社を生産可能な最大量まで生産する。
    4. X 社の生産に要した資源を総資源量から差し引き、残った資源で Y 社を生産できる数量を計算する。このとき、複数の制約がある場合は、最も生産量が少なくなる制約(ボトルネック)に従う。
    5. 決定した生産数量に基づき、総貢献利益を算出し、そこから固定費を差し引いて最大営業利益を求める。
計算過程
  1. 製品 1 袋当たりの貢献利益と必要資源の算出

    • X 社向け:
      • 貢献利益 = 3,000 - 1,780 = 1,220 円
      • 直接作業時間 = 1 時間
      • 機械運転時間 = 2 時間
    • Y 社向け:
      • 貢献利益 = 4,800 - (1,780 + 1,600) = 1,420 円
      • 直接作業時間 = 1 + 1.5 = 2.5 時間
      • 機械運転時間 = 2 + 0.5 = 2.5 時間
  2. 制約条件 1 単位当たりの貢献利益(優先順位の決定)

    • 直接作業時間あたり:
      • X 社: 1,220 円 / 1 時間 = 1,220 円/時間
      • Y 社: 1,420 円 / 2.5 時間 = 568 円/時間
      • ⇒ X 社優先
    • 機械運転時間あたり:
      • X 社: 1,220 円 / 2 時間 = 610 円/時間
      • Y 社: 1,420 円 / 2.5 時間 = 568 円/時間
      • ⇒ X 社優先 いずれの制約においても X 社を優先して生産する。
  3. 最適生産計画の策定

    • ① X 社を最大需要の 6,500 袋生産する。
      • 必要作業時間: 6,500 袋 × 1 時間/袋 = 6,500 時間 (残: 10,000 - 6,500 = 3,500 時間)
      • 必要機械時間: 6,500 袋 × 2 時間/袋 = 13,000 時間 (残: 13,600 - 13,000 = 600 時間)
    • ② 残りの資源で Y 社を生産する。
      • 作業時間からの生産可能量: 3,500 時間 / 2.5 時間/袋 = 1,400 袋
      • 機械時間からの生産可能量: 600 時間 / 2.5 時間/袋 = 240 袋
      • 両方の制約を満たす必要があるため、Y 社の生産数量は 240 袋となる。
  4. 最大営業利益の計算

    • 貢献利益合計 = (1,220 円/袋 × 6,500 袋) + (1,420 円/袋 × 240 袋) = 7,930,000 + 340,800 = 8,270,800 円
    • 営業利益 = 8,270,800 円 - 5,600,000 円 (固定費) = 2,670,800 円
  • 使用した経営学の知識: CVP 分析および 線形計画法 (Linear Programming) の知識を用いる。特に、複数の製品と複数の資源制約がある場合の最適プロダクトミックスの決定方法が問われている。制約条件 1 単位あたりの貢献利益を算出して生産の優先順位を決定することが、利益最大化の鍵となる。

(設問 2)

Y 社から、最低でも 2,400 袋以上購入することを希望しており、また販売価格の引き上げについては交渉に応じる旨の連絡があった。なお D 社は、設定した販売価格の下で営業利益を最大化するように生産数量を決定するという方針をとっている。生産数量についての Y 社の希望に応じるためには、Y 社向けの製品の販売価格を何円以上で設定すればよいか。

解答にあたっては、販売価格を(a)欄に記入するとともに、計算過程を(b)欄に示すこと。

回答例

(a) 販売価格
4,905 (円) 以上

(b) 計算過程

  1. Y 社 2,400 袋の必要資源=作業 2,400×2.5=6,000h/機械 2,400×2.5=6,000h → 残資源で X は作業(10,000-6,000)/1=4,000 袋・機械(13,600-6,000)/2=3,800 袋 ⇒ 機械がボトルネック。
  2. 最適切替条件:機械 1 時間当たりの貢献利益で Y ≥ X
  3. X の機械 1h 当たり= 1,220/2=610 円/h
  4. Y の必要貢献利益 CYCY/2.5610CY1,525 円。
  5. 価格 PYPY(1,780+1,600)1,525PY4,905

解説

  1. Y 社 2,400 袋生産時の必要資源量と残存資源

    • Y 社 2,400 袋を生産するために必要な資源を計算する。
      • 必要作業時間: 2,400 袋 × 2.5 時間/袋 = 6,000 時間
      • 必要機械時間: 2,400 袋 × 2.5 時間/袋 = 6,000 時間
    • 残りの資源で生産可能な X 社の数量を計算する。
      • 作業時間から: (10,000 - 6,000) 時間 / 1 時間/袋 = 4,000 袋
      • 機械時間から: (13,600 - 6,000) 時間 / 2 時間/袋 = 3,800 袋
    • X 社の生産量は、ボトルネックとなる機械時間によって 3,800 袋に制約される。このとき、機械時間は全て使い切る (13,600 時間)。
  2. 最適解が切り替わる条件の特定

    • 設問 1 では X 社が優先されたが、Y 社 2,400 袋・X 社 3,800 袋という生産計画が最適となるためには、少なくとも Y 社の収益性が X 社と同等以上になる必要がある。
    • この生産計画では機械時間がボトルネックとなるため、「機械運転時間 1 時間あたりの貢献利益」で両社を比較する。
    • Y 社の新しい販売価格を PY とすると、貢献利益は CY=PY(1,780+1,600) 円となる。
    • (Y 社の機械時間あたり貢献利益) ≧ (X 社の機械時間あたり貢献利益) が条件となる。
      • CY / 2.5 時間 ≧ 1,220 円 / 2 時間
      • CY / 2.5 ≧ 610
      • CY ≧ 610 × 2.5 = 1,525 円
  3. Y 社向け販売価格の算定

    • Y 社の貢献利益が 1,525 円以上となる販売価格を求める。
      • PY(1,780+1,600) ≧ 1,525
      • PY ≧ 1,525 + 3,380
      • PY ≧ 4,905 円
    • よって、販売価格を 4,905 円以上に設定すればよい。

解説

  • 答案作成の根拠: 本問は、生産の優先順位を入れ替えるために、製品の価格(ひいては貢献利益)をいくらに設定すべきかを問う問題である。
    1. まず、Y 社の希望数量(2,400 袋)を生産した場合、残りの資源で X 社を何袋生産できるか計算する。この結果、X 社は 3,800 袋生産可能で、このとき機械時間がボトルネック(完全に消費される制約資源)となることがわかる。
    2. ある生産計画が最適であるためには、ボトルネックとなっている資源 1 単位あたりの貢献利益が、生産を減らされた製品(X 社)よりも、優先される製品(Y 社)の方が大きいか等しくなければならない。
    3. この「機械時間 1 時間あたりの貢献利益が、Y 社 ≧ X 社となる」という不等式を立てる。
    4. この不等式を解くことで、Y 社が達成すべき最低限の貢献利益額が算出できる。最後に、その貢献利益を実現するために必要な販売価格を計算する。
  • 使用した経営学の知識: 線形計画法 における 感度分析双対問題 の考え方に近い。具体的には、生産計画(最適解)が切り替わる損益分岐点となるような価格を求める。ボトルネックとなっている制約条件に着目し、その資源の機会費用(シャドープライス)を考慮して価格を決定するアプローチが求められる。

第 3 問 (配点 30 点)

D 社は、今後の出店エリアの拡大を見据え、これまで使用してきた範囲のスライス加工のための機械を、新型のスライサー(以下、新機械)に更新することで、これまで一部手作業に依存していたスライス加工の省力化を図るとともに、生産能力を増強したいと考えている。このため、全面的に設備を新機械に更新するに先立って、新機械を試験的に 1 台導入した場合の採算について検討している。

現在使用しているスライサー(以下、旧機械)は 3 年前に 240 万円で購入し、定額法(耐用年数 12 年、残存価額ゼロ)で減価償却している。従来は耐用年数経過後、処分価額ゼロで除却する予定であった。更新にあたり、旧機械は中古機械として 70 万円で売却できると見込まれている。

一方、導入を検討している新機械は、価格が 540 万円であり、定額法(耐用年数 9 年、残存価額ゼロ)で減価償却する予定である。耐用年数経過後は、処分価額ゼロで除却することが予定される。なお、新機械の導入により、生産能力は増強される。そのため営業利益は、初年度は更新前と比べて 30 万円多くなり、それ以降は各年度とも更新前と比べて 70 万円多い額になると予想されている。また、それに伴い、各年度末における運転資本の残高は更新前と比べて初年度は 25 万円多くなり、それ以降は更新前と比べて 40 万円多い額になると予想される。ただし、耐用年数経過後の運転資本の残高は、新機械を導入する前の水準に戻るものとする。

なお、法人税の税率は 30%であり、今後 9 年間は赤字に転落することはないと予想される。また、新機械への初期投資と旧機械の売却収入以外のキャッシュフローは、各年度末に生じるものとする。

(設問 1)

初年度および 2 年度のキャッシュフローの更新前と比べた増加額(初期投資と旧機械の売却収入を除く)を計算せよ。

解答にあたっては、初年度の増加額を(a)欄に、2 年度の増加額を(b)欄に、それぞれ記入すること。

回答例

(a) 初年度(b) 2 年度
69 万円74 万円

解説

増分キャッシュフローの公式

設備投資の経済性計算で用いられる各期の増分キャッシュフローは、一般的に以下の公式で算出されるものである。

増分キャッシュフロー = 税引後増分営業利益 + 増分減価償却費 - 運転資本増加額

  • 税引後増分営業利益: 投資によって増加する営業利益から、法人税を差し引いた額である。ΔEBIT × (1 - t)で計算される。
  • 増分減価償却費: 現金の支出を伴わない費用(非現金支出費用)であるため、税引後利益に足し戻される。これは、キャッシュフローを算出する上で不可欠な調整である。
  • 運転資本増加額: 売上増加に伴う在庫や売掛金の増加分であり、事業に投下(拘束)される現金と見なされるため、キャッシュフローから差し引かれる。

(設問 1) 計算過程

前提

初年度(1 年目)のキャッシュフローは、上記の公式で計算される営業キャッシュフローの増加額に加え、 旧機械の売却によって生じる税効果(タックスシールド) を含めて計算する。

1. 旧機械売却に伴うタックスシールドの計算

  • 旧機械の 3 年前の取得価額: 240 万円
  • 旧機械の減価償却費(年額): 240 万円 ÷ 12 年 = 20 万円
  • 売却時の帳簿価額: 240 万円 - (20 万円 × 3 年) = 180 万円
  • 売却価格: 70 万円
  • 固定資産売却損: 180 万円 - 70 万円 = 110 万円
  • 税効果(タックスシールド): 110 万円 × 税率 30% = 33 万円

この 33 万円の税金減少効果は、初年度のキャッシュフローに加算される。

2. (a) 初年度(1 年目)の増分キャッシュフロー

  • 税引後増分営業利益: 30 万円 × (1 - 0.3) = 21 万円
  • 増分減価償却費: (新機械 60 万円 - 旧機械 20 万円) = 40 万円
  • 運転資本増加額: 25 万円
  • 通常の営業キャッシュフロー増分: 21 万円 + 40 万円 - 25 万円 = 36 万円
  • 合計増分 CF(1 年目) = 36 万円 + 33 万円 (タックスシールド) = 69 万円

3. (b) 2 年度の増分キャッシュフロー

  • 税引後増分営業利益: 70 万円 × (1 - 0.3) = 49 万円
  • 増分減価償却費: 40 万円
  • 運転資本増加額: 40 万円 (2 年目末残高) - 25 万円 (1 年目末残高) = 15 万円
  • 増分 CF(2 年目) = 49 万円 + 40 万円 - 15 万円 = 74 万円

2 年目には旧機械売却の税効果は発生しないため、通常の計算となる。

以上の計算により、初年度のキャッシュフロー増加額は (a) 69 万円、2 年度は (b) 74 万円 となる。


(設問 2)

この新機械の試験的導入における正味現在価値を計算せよ。ただし、資本コストは 9%とする。利子率 9%のときの複利現価係数と年金現価係数は以下のとおりである。解答は小数第 3 位を四捨五入し、小数第 2 位まで表示すること。なお、正味現在価値を(a)欄に記入し、計算過程を(b)欄に示すこと。

1 年2 年7 年9 年
複利現価係数0.9170.8420.5470.460
年金現価係数5.033

回答例

  • (a)正味現在価値:51.14 万円
  • (b)計算過程:NPV = -(540 - 70) + 69 × 0.917 + 74 × 0.842 + 89 × 5.033 × 0.842 + 40 × 0.460

解説

正味現在価値(NPV)の公式

正味現在価値(NPV)は、投資によって将来得られる全てのキャッシュフローを現在の価値に換算し、そこから初期投資額を差し引いて算出する。

NPV = - 初期投資額 + 将来の全キャッシュフローの現在価値合計

本問題の計算構成に合わせると、以下のようになる。

NPV = - 初期投資額 +(1 年目 CF の現在価値)+(2 年目 CF の現在価値)+(3 ~ 9 年目営業 CF の現在価値)+(運転資本回収の現在価値)

(設問 1)により 1 年目 CF:69 万円2 年目 CF:74 万円が判明しているため、3 ~ 9 年目の増分キャッシュフローを算出する。

3 ~ 9 年目の増分キャッシュフロー

  • 税引後増分営業利益: 70 万円 × (1 - 0.3) = 49 万円
  • 増分減価償却費: 40 万円
  • 増分 CF(2 年目) = 49 万円 + 40 万円 = 89 万円

以下の計算式に基づき、各項を計算し、合計する。

NPV = -(540 - 70) + 69 × 0.917 + 74 × 0.842 + 89 × 5.033 × 0.842 + 40 × 0.460

  1. 初期投資額: -(540 - 70) = -470 万円

  2. 1 年目 CF の現在価値: 69 × 0.917 = 63.273 万円

  3. 2 年目 CF の現在価値: 74 × 0.842 = 62.308 万円

  4. 3 ~ 9 年目営業 CF の現在価値: 89 × 5.033 × 0.842 = 377.162954 万円

    3 年目から 9 年目までの 7 年間にわたる営業キャッシュフロー(89 万円)の現在価値を、7 年間の年金現価係数2 年間の複利現価係数を組み合わせて算出する。

  5. 9 年目運転資本回収の現在価値: 40 × 0.460 = 18.400 万円

  6. 正味現在価値(NPV)の合計:

    • NPV = -470 + 63.273 + 62.308 + 377.162954 + 18.400
    • NPV = -470 + 521.143954
    • NPV = 51.143954 万円

小数第 3 位を四捨五入する。

NPV ≒ 51.14 万円


(設問 3)

D 社は、営業利益の予測が正しいかどうかを探るため、初年度期首に 30 万円をかけて市場調査を行った。その結果、営業利益は 60%の確率で予測どおりとなるが、40%の確率で価格競争の激化により予測の 7 割にとどまることが分かった。なお、営業利益が減少する場合でも、運転資本の残高に関する予測に変化はない。このとき、新機械の試験的導入を実行すべきかどうか、正味現在価値を示して答えよ。正味現在価値は(a)欄に、小数第 3 位を四捨五入し、小数第 2 位まで表示するとともに、(b)欄のカッコ内の「ある」「ない」に ○ 印を付して答えること。また、(c)欄に計算過程を示すこと。

回答例

(a) 正味現在価値(b) 新機械の試験的導入を実行する価値は( ある ・ ない )
18.96 (万円)( ある )
  • (c)計算過程

営業利益が 7 割の場合の正味現在価値は

NPV = -(540 - 70) + 62.7 × 0.917 + 59.3 × 0.842 + 74.3 × 5.033 × 0.842 + 40 × 0.460=-29.3060002

期待正味現在価値は

E-NPV = (51.143954 × 0.6) + (-29.3060002 × 0.4)

E-NPV = 30.6863724 - 11.72240008

E-NPV = 18.96397232≒ 18.96 万円

解説

1. サンクコストの確認

初年度期首に支払った市場調査費用 30 万円は、意思決定を行う時点では既に取り戻すことのできないサンクコスト(埋没費用)である。したがって、この費用は今後の投資判断(NPV 計算)には含めない。

2. シナリオ別の正味現在価値(NPV)

シナリオ 1:予測通り(確率 60%)
  • 設問 2 の計算結果から、このシナリオの NPV は 51.143954 万円 である。
シナリオ 2:営業利益が 7 割(確率 40%)
  • 営業利益が予測の 7 割になるため、各期の税引後増分営業利益が減少する。これに基づき各期のキャッシュフローを再計算し、NPV を算出すると -29.3060002 万円 となる。
    • 1 年目 CF の現在価値: (21×0.7) + 40 - 25 + 33 = 62.7 万円
    • 2 年目 CF の現在価値: (49×0.7) + 40 - 15 = 59.3 万円
    • 3 ~ 9 年目営業 CF の現在価値: (49×0.7) + 40 = 74.3 万円
    • 9 年目運転資本回収の現在価値: 40 = 40 万円

以下の計算式に基づき、各項を計算し、合計する。

NPV = -(540 - 70) + 62.7 × 0.917 + 59.3 × 0.842 + 74.3 × 5.033 × 0.842 + 40 × 0.460

  • これらの CF から NPV を計算すると、-29.3060002 万円となる。

3. 期待正味現在価値(E-NPV)の計算

各シナリオの NPV に、それぞれの発生確率を掛けて合計し、この投資の期待値を算出する。

E-NPV = (シナリオ 1 の NPV × 発生確率) + (シナリオ 2 の NPV × 発生確率)

  • E-NPV = (51.143954 万円 × 0.6) + (-29.3060002 万円 × 0.4)
  • E-NPV = 30.6863724 万円 - 11.72240008 万円
  • E-NPV = 18.96397232 万円

小数第 3 位を四捨五入する。

E-NPV ≒ 18.96 万円

4. 投資判断

期待正味現在価値(E-NPV)がプラス(18.96 万円 > 0)であるため、不確実性を考慮しても、この投資は実行する価値があると判断される。


第 4 問 (配点 25 点)

(設問 1)

D 社では、事業部の業績評価のために、加工事業部から飲食事業部および惣菜事業部への製品の供給を事業部間の販売とみなし、そこでは製品単位当たりの全部原価に一定の割合の利益を上乗せした価格を用いている。D 社が採用しているこのような価格の設定方法には、事業部の業績評価を行う上でどのような問題点があるのか、80 字以内で説明せよ。

回答例(72 字)

加工事業部の非効率な固定費が価格に転嫁され、受け入れ側の事業部の業績評価を歪める。また、会社全体として最適でない意思決定を誘発する問題点がある。

解説

  • 答案作成の根拠: 全部原価基準の振替価格設定方法が持つ一般的な問題点を指摘する。
    1. 固定費転嫁の問題: 全部原価には固定費が含まれる。供給側である加工事業部の生産量が少ない場合、製品単位あたりの固定費配賦額は高くなる。この非効率性(遊休能力コスト)が振替価格を通じて飲食・惣菜事業部に転嫁され、受け入れ側の事業部長がコントロールできないコストで業績を評価されるという不公平が生じる。
    2. 最適意思決定の阻害: このようにして設定された振替価格が、外部の市場価格よりも高くなる可能性がある。その場合、受け入れ事業部は外部からの購入を望むが、会社全体で見れば内部で製造した方が(変動費ベースでは)安くつくかもしれない。結果として、各事業部が自己の利益を追求する(部分最適)と、会社全体の利益が最大化されない(全体最適の失敗)という問題が生じる。
  • 使用した経営学の知識: 管理会計における事業部制振替価格制度に関する知識が問われている。振替価格には、① 事業部の業績を公正に評価する、② 事業部に適切な意思決定を促す、という機能がある。全部原価基準の振替価格は、特に固定費の扱いを巡ってこれらの機能を損なう可能性があるという重要な論点に基づき回答する。

(設問 2)

D 社では、創業者である社長が事業部の運営に大きな影響力を有しており、設備投資に関しては当該社長が実質的な意思決定権限を持っている。このような場合、財務指標を用いて事業部長の業績評価を行うときに留意すべき点を、60 字以内で説明せよ。

回答例(59 字)

管理可能性の原則上、事業部長が管理できない投資額や減価償却費の影響を評価から除外し、管理可能な収益や費用で評価する点。

解説

  • 答案作成の根拠: 業績評価の基本原則である「管理可能性の原則」に基づいて解答を構成する。
    • 問題の状況: 設備投資の権限は社長にあり、事業部長にはない。
    • 管理可能性の原則: 各責任センターの長(事業部長)は、自らが管理・コントロールできる業績についてのみ責任を負うべきである、という考え方。
    • 結論: 事業部長は設備投資額(資産)や、その結果生じる減価償却費(費用)をコントロールできない。したがって、これらの「管理不能項目」を含む指標、例えば ROI(投下資本利益率)や ROA(総資産利益率)、残余利益などで業績を評価することは不適切である。評価指標は、事業部長が直接管理できる売上や変動費、管理可能な固定費などに基づいた管理可能利益などを用いるべきである。
  • 使用した経営学の知識: 管理会計における 責任会計システム と、その根底にある 管理可能性の原則 (Controllability Principle) についての知識が直接問われている。公正な業績評価システムを構築するための重要な留意点である。

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