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令和 3 年度(2021 年度)事例 Ⅳ 解答解説
第 1 問(配点 30 点)
(設問 1)
①:優れている指標
(a) 売上高総利益率
(b) 27.78 (%)(計算過程: 459,900 ÷ 1,655,500 × 100 = 27.778...、同業他社:25.76%)
- 解説:地元産の品揃えへのこだわりが付加価値として価格に反映されており、地域密着戦略による高い商品力が利益率の向上に寄与している。原価を抑えつつ品質を維持できている点が強みである。
②:優れている指標(別解)
(a) 商品回転率
(b) 18.62 (回)(計算過程: 1,195,600 ÷ 64,200 = 18.619...、同業他社:15.62 回)
- 解説:在庫を効率的に回転させており、地元顧客の需要に応じた仕入管理の巧みさを示す。地域密着型の強みを活かした高効率な販売体制が確立されている。
③:課題を示す指標 1
(a) 売上高販管費率
(b) 27.46 (%)(計算過程: 454,600 ÷ 1,655,500 × 100 = 27.46...、同業他社:23.75%)
- 解説:販管費率が高く、人件費や物流コスト上昇の影響を吸収できていない。地元密着ゆえの小規模店舗運営や、非効率な販売管理体制がコスト増加の要因である。これにより営業利益率は 0.32%と低水準にとどまっている。
④:課題を示す指標 2
(a) 自己資本比率
(b) 19.85 (%)(計算過程: 136,000 ÷ 685,200 × 100 = 19.85...、同業他社:74.21%)
- 解説:長期借入金依存による財務の脆弱性が見られる。資金調達の多くを他人資本に依存しており、財務安全性の確保が課題である。
【補足:売上高営業利益率を採用しない理由】
営業利益率は 0.32%と低いが、この低さは原価構造と販管費の双方の影響を含む複合的な結果であり、どの要因が支配的かを明確に判断しにくい。 一方、 売上高販管費率(27.46%) は、営業利益率の低下要因を直接特定できる指標である。 営業利益率では「原価が高いのか、販管費が高いのか」が判然としないが、販管費率を用いれば、人件費や物流費などのコスト構造に焦点を当てて分析できる。 したがって、経営上の改善余地をピンポイントで指摘できる販管費率を採用することが妥当である。
(設問 2)
D 社の財務的特徴と課題について、同業他社と比較しながら財務指標から読み取れる点を 80 字以内で述べよ。
回答例(80 字)
地元密着により高い商品回転率と売上高総利益率を確保しているが、販管費率の高さが営業利益を圧迫している。長期借入金が多く、自己資本比率が低く財務基盤も脆弱である。
解説
上記(設問 1)の分析から、「強みである高い商品利益が、コスト高によって消えてしまっている」という D 社の経営課題の構造を明らかにする必要がある。この収益構造の問題と、財務基盤の脆弱性という 2 つの大きな課題を 80 字以内で要約したものである。
第 2 問(配点 30 点)
(設問 1)
D 社が 2023 年度期首でのセミセルフレジの更新ではなく、2022 年度期首にフルセルフレジへと取替投資を行った場合の、初期投資額を除いた 2022 年度中のキャッシュフローを計算し、⒜ 欄に答えよ(単位:円)。なお、⒝ 欄には計算過程を示すこと。ただし、レジの取替は 2022 年度期首に全店舗一斉更新を予定している。また、初期投資額は期首に支出し、それ以外のキャッシュフローは年度末に一括して生じるものとする。
(a) 解答欄
25,600,000 円
(b)計算過程(答案用紙用)
(単位:万円)
- ① 税引後人件費削減: 2,500 × (1 - 0.3) = 1,750
- ② 減価償却費差額の節税効果: (新 (210×100)/6 年 - 旧 (100×100)/5 年) × 0.3 = (3,500 - 2,000) × 0.3 = 450
- ③ 旧レジ除却損の節税効果: (期首簿価 (100×100)/5 年 - 下取額 8×100) × 0.3 = (2,000 - 800) × 0.3 = 360
- ④ 2022 年度 CF 合計: 1,750 + 450 + 360 = 2,560 万円(= 25,600,000 円)
(b)計算過程(解説用)
(単位:万円)
2022 年度の差額キャッシュフローは、① 税引後人件費削減額、② 減価償却費の差額による節税効果、③ 旧レジの除却損による節税効果の合計である。
税引後人件費削減額(営業キャッシュフローの増分) 人件費削減額 2,500 万円が税引後いくらキャッシュフローを増加させるかを計算する。
- 2,500 × (1 - 税率 0.3) = 1,750
減価償却費の差額による節税効果(タックスシールド) レジ取替により 2022 年度の減価償却費が変動し、納税額に影響を与える。
- フルセルフレジ (新) の減価償却費: (210/台 × 100 台) ÷ 6 年 = 3,500
- セミセルフレジ (旧) の減価償却費 (投資しない場合の 2022 年度分): (100/台 × 100 台) ÷ 5 年 = 2,000
- 減価償却費の増分: 3,500 - 2,000 = 1,500
- 節税効果 (タックスシールド): 1,500 × 税率 0.3 = 450
セミセルフレジ除却損による節税効果(タックスシールド) 旧レジを簿価より低い価格で下取りに出すため、会計上の損失(除却損)が発生し、その分納税額が減少する。
- 2022 年度期首簿価 (旧レジの残り耐用年数 1 年分): (100/台 × 100 台) ÷ 5 年 × 1 年 = 2,000
- 下取り価額: 8/台 × 100 台 = 800
- 除却損 (会計上の損失): 簿価 2,000 - 下取 800 = 1,200
- 節税効果 (タックスシールド): 1,200 × 税率 0.3 = 360
2022 年度のキャッシュフロー合計 上記 ①、②、③ のキャッシュフローを合計する。
- 1,750 + 450 + 360 = 2,560
- (円単位: 25,600,000 円)
(設問 2)
当該取替投資案の採否を現在価値法に従って判定せよ。計算過程も示して、計算結果とともに判定結果を答えよ。
判定結果
正味現在価値 が 正(3,868,800 円 であるため、当該取替投資案は採択すべきである。
計算過程(答案用紙用)
- 差額初期投資の現在価値: ( 210×100 - 8×100 = 20,200 ) 万円(t=0 支出) 回避投資 (= 100×100 = 10,000 ) 万円(t=1 収入扱い) → 10,770 万円 (= 20,200 - 10,000×0.943)
- 差額営業 CF(t=1):2,560 万円(設問 1) 現価:( 2,560×0.943 = 2,414.08 ) 万円
- 差額営業 CF(t=2〜6):毎年 2,200 万円 係数合計 (=0.890+0.840+0.792+0.747+0.705=3.974) 現価:( 2,200×3.974 = 8,742.8 ) 万円
- 営業 CF の現在価値合計: ( 2,414.08 + 8,742.8 = 11,156.88 ) 万円
- NPV:( 11,156.88 − 10,770 = 386.88 ) 万円 ⇒ プラスのため採択
計算過程と判定結果(解説用)
(単位:万円)
差額初期投資の現在価値(PV)
- t=0:フルセルフ導入の正味支出 ( 210×100 − 8×100 = 20,200 )
- t=1:ベース案で発生予定のセミセルフ更新 ( 100×100=10,000 ) を回避(収入扱い) 現価:( 10,000×0.943 = 9,430 )
- 差額初期投資 PV:( 20,200 − 9,430 = 10,770 )
差額営業キャッシュフロー(CF)の現在価値
- t=1(2022 年度):設問 1 の差額 CF 2,560 現価:( 2,560×0.943 = 2,414.08 )
- t=2〜6(2023〜2027 年度): 税引後人件費削減 ( 2,500×(1−0.3)=1,750 ) 減価償却差額の節税 ( {(210×100÷6) − (100×100÷5)}×0.3=450 ) → 毎年 2,200、係数合計 3.974 現価:( 2,200×3.974 = 8,742.8 )
- 営業 CF PV 合計:( 2,414.08 + 8,742.8 = 11,156.88 )
正味現在価値 ( NPV = 11,156.88 − 10,770 = 386.88 )(= 3,868,800 円 )
【判定結果】
正味現在価値 が 正(3,868,800 円 であるため、当該取替投資案は採択すべきである。
解説
- 本問は「2022 年度にフルセルフへ更新(案)」と「2023 年度にセミセルフを更新(ベース案)」の差額で評価する。
- 回避投資(t=1 の 1 億円)は収入扱いで割り引く。
- 営業 CF は、t=1 の一時的効果(除却損のタックスシールドを含む 2,560)と、t=2〜6 の平準効果(毎年 2,200)で構成される。
- 指定の現価係数を用いた結果、NPV はプラスとなる。
(設問 3)
取替投資を 1 年延期し 2023 年度期首に更新する場合、フルセルフレジが 1 台当たりいくら(付随費用込み)で購入できれば 1 年延期しない場合より有利になるか計算し、⒜ 欄に答えよ(単位:円)。なお、⒝ 欄には計算過程を示すこと。
(a) 解答欄
- ① フルセルフレジ 1 台当たり購入価格(付随費用込み):1,932,159 円
(b) 計算過程(答案用紙用)
- t=1 投資差額:(210→X) ⇒ ((100X−10,000)×0.943 = 94.3X−9,430)
- 年間 CF:(1,750 +{(20X−2,000)×0.3}= 1,150 + 6X)
- CF の現価:((1,150 + 6X)×3.974 = 4,570.1 + 23.844X)
- NPV(延期)=((4,570.1 + 23.844X)−(94.3X−9,430)= 14,000.1−70.456X)
- (14,000.1−70.456X≧386.88⇒X≦193.2159…\Rightarrow1,932,159 円)
(b) 計算過程(解説用)
(単位:万円)
分析の前提
- 即時更新案:2022 年度期首導入、6 年使用、NPV = 386.88 万円
- 延期更新案:2023 年度期首導入、5 年使用
- フルセルフレジ単価を X 万円 とし、比較基準は NPV(延期) ≧ NPV(即時)。
延期案の差額投資額
- ベース案(セミセルフ)との差額:100X − 10,000
- 割引後:( (100X − 10,000) × 0.943 = 94.3X − 9,430 )
延期案の年間営業 CF(t=2〜6)
- 人件費削減:2,500 × (1 − 0.3) = 1,750
- 減価償却費差額の節税効果: ((100X÷5 − 10,000÷5) × 0.3 = 6X − 600)
- 年間差額 CF:1,750 − 600 + 6X = 1,150 + 6X
- PV:((1,150 + 6X) × 3.974 = 4,570.1 + 23.844X)
NPV(延期) の算式
- ( (4,570.1 + 23.844X) − (94.3X − 9,430) = 14,000.1 − 70.456X )
有利となる条件
- ( NPV(延期) ≧ 386.88 )
- ( X ≦ 193.2159… )
【判定結果】
1 台あたり 1,932,159 円以下で購入できれば、 1 年延期した方が即時更新案より有利となる。
第 3 問(配点 20 点)
(設問 1 )
D 社は、当該事業をスタートするに当たり、年間 1,500 万円の利益を達成したいと考えている。この目標利益を達成するための年間販売数量を求めよ(単位:kg)。
解答欄
32,143 (単位:kg)
解説
- CVP 分析(損益分岐点分析)を用いて、目標利益を達成するための売上高(販売数量)を計算する。
- 固定費(F): 30,000,000 円 × 40% = 12,000,000 円
- 変動費単価(v): (30,000,000 円 × 60%) ÷ 50,000 kg = 360 円/kg
- 販売単価(p): 1,200 円/kg
- 貢献利益単価: p - v = 1,200 円 - 360 円 = 840 円/kg
- 目標販売数量(Q)の計算:
- (固定費 + 目標利益) ÷ 貢献利益単価 = Q
- (12,000,000 円 + 15,000,000 円) ÷ 840 円/kg = 32,142.85... kg
- 小数点以下切り上げ: 32,143 kg
(設問 2 )
この販売計画のもとで、年間 1,500 万円の利益を達成するための年間販売数量を計算し、(a)欄に答えよ(単位:kg)。また、(b)欄には計算過程を示すこと。なお、最終的な解答では小数点以下を切り上げること。
(a) 解答欄
- ① 目標利益達成販売数量:38,572 kg
(b) 計算過程(答案用紙用)
- 固定費= 30,000,000×0.4 =12,000,000、変動費単価= 30,000,000×0.6÷50,000 =360。
- 目標利益達成条件:((固定費+目標利益)=27,000,000=(P-360)×Q)。
- 価格帯試算:
- 区分 1 (P=1,400): (Q=27,000,000÷1,040=25,961.5…) 範囲外(≤20,000)。
- 区分 2 (P=1,240): (Q=27,000,000÷880=30,681.8…) 範囲外(20,000 < Q≤30,000)。
- 区分 3 (P=1,060): (Q=27,000,000÷700=38,571.4…) 範囲内(30,000 < Q≤40,000)。
- よって 38,571.4… kg → 切り上げ 38,572 kg。
(b) 計算過程(解説用)
前提整理 固定費 (F=12,000,000)、変動費単価 (v=360)、目標利益 (15,000,000)。必要貢献利益合計 (F+目標利益=27,000,000)。
価格帯別に Q を解く((27,000,000=(P-v)Q))
- 区分 1 (P=1,400): (Q=27,000,000/1,040=25,961.5…) → 20,000 以下の帯に入らず不可。
- 区分 2 (P=1,240): (Q=27,000,000/880=30,681.8…) → 30,000 以下の帯に入らず不可。
- 区分 3 (P=1,060): (Q=27,000,000/700=38,571.4…) → 30,000 < Q≤40,000 に適合。
- 区分 4 は (P=860) だと (Q=54,000) で 40,000 < Q≤50,000 に入らず不可。
結論 適合するのは区分 3 のみ。38,571.4… kg を切り上げて 38,572 kg。
第 4 問(配点 20 点)
D 社は現在不採算事業となっている移動販売事業への対処として、当該事業を廃止しネット通販事業に一本化することを検討している。
(設問 1)
移動販売事業をネット通販事業に一本化することによる短期的なメリットについて、財務指標をあげながら 40 字以内で述べよ。
回答例(37 字)
不採算の移動販売事業を廃止することで、売上高販管費率が短期的に改善する点。
解説
問題文の該当箇所
- 「移動販売事業は人口減少や高齢化が進む中で現状として不採算事業となっている」
答案作成の根拠
移動販売事業は「不採算」であり、この事業を廃止することで、赤字を生んでいた販管費が削減される。
売上高は大きく変わらない一方で販管費が減少するため、売上高に対する販管費の比率(売上高販管費率)が短期的に改善する。
したがって、「財務指標をあげながら」という要求に応えるため、収益性指標の売上高販管費率を挙げることで、撤退による財務上のメリットを的確に説明できる。
使用した経営学の知識
- 事業ポートフォリオマネジメント (PPM): 企業が複数の事業を手掛けている場合に、各事業を評価し、経営資源の最適な配分を決定するフレームワーク。不採算事業からの撤退は、PPM における重要な戦略的選択肢の一つ。
- 収益性分析: 事業撤退が企業全体の収益性に与える影響を評価する。
(設問 2)
D 社の経営陣は移動販売事業を継続することが必ずしも企業価値を低下させるとは考えていない。その理由を推測して 40 字以内で述べよ。
回答例(40 字)
高齢者の顧客接点を維持し、ブランド価値向上と他事業とのシナジーが期待できるため。
解説
問題文の該当箇所
- 「地元密着をセールスポイント」「まごころした経営スタイル」「地元への地域貢献」「顧客接点を拡大するため」「人口減少や高齢化が進む中で...店舗から自宅まで車で出向けることができない顧客を対象に」
答案作成の根拠
- 短期的な採算性(財務的価値)だけでなく、長期的な視点や非財務的な価値も考慮すると、事業継続の意義が見えてくる。
- 顧客接点の維持: 移動販売は、高齢化が進む地域で、来店が困難な顧客(買い物弱者)との重要な接点となっている。
- ブランド価値: 「地元密着」「地域貢献」を掲げる D 社にとって、移動販売は企業理念を体現する活動であり、企業の評判やブランドイメージを高める(非財務価値の向上)。
- シナジー効果: 移動販売を通じて D 社へのロイヤルティが高まることで、他の事業(ネット通販やスーパー本体)の利用につながる可能性がある。
- これらの非財務的な価値が、巡り巡って長期的な企業価値の維持・向上に貢献すると経営陣は考えていると推測できる。
使用した経営学の知識
- 企業価値: 企業の価値は、将来生み出すキャッシュフローの割引現在価値(財務的価値)だけで測られるものではなく、ブランド、顧客基盤、技術、組織文化といった無形の資産(非財務的価値)も含まれる。
- CSR (企業の社会的責任): 企業が利益追求だけでなく、地域社会や環境への配慮といった社会的責任を果たすこと。移動販売は買い物弱者支援という CSR 活動の一環と捉えることができる。
- シナジー効果: 事業間の相互作用によって、個々の事業が単独で活動するよりも大きな効果(1+1>2)が生まれること。