Gemini 2.5 Pro による回答と解説( 令和 2 年度(2020 年度)事例 Ⅰ)
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第 1 問(配点 40 点)
設問文
以下は、老舗蔵元 A 社を買収する段階で、企業グループを経営する地元の有力実業家である A 社長の祖父に関する設問である。各設問に答えよ。
設問文(設問 1)
A 社の経営権を獲得する際に、A 社長の祖父は、どのような経営ビジョンを描いていたと考えられるか。100 字以内で答えよ。
回答例(設問 1)(98 字)
老舗ブランドという無形資産と、祖業である旅館事業との相乗効果を創出し、酒造、飲食、物販を組み合わせた複合的な観光事業を展開することで、インバウンド需要を獲得し、地域経済の活性化へ貢献するビジョン。
解説
問題文の該当箇所
- 「飲食業を皮切りに事業をスタートさせ次々と店舗開拓に成功しただけでなく、30 年ほど前には地元の旅館を買収して娘を女将にすると、全国でも有名な高級旅館へと発展させた実業家である。」
- 「インバウンドブームの前兆期ともいえる当時、日本の文化や伝統に憧れる来訪者にとっても、200 年の年月に裏打ちされた老舗ブランドは魅力的であるし、それが地域の活性化につながっていくといった確信が買収を後押ししたのである。」
答案作成の根拠 A 社長の祖父は、飲食業と旅館業で成功した実績のある実業家です。彼の関心は単なる酒造業の再生に留まりません。与件文から、彼が A 社の「200 年の老舗ブランド」という無形資産に高い価値を見出し、それを核として、既存の旅館事業と連携させることで、インバウンド(訪日外国人)観光客をターゲットとした新たな事業展開を構想していたことが読み取れます。具体的には、酒蔵見学、レストランでの食事、土産物の購入といった体験をワンストップで提供し、グループ全体の収益向上と、ひいては地域全体の活性化を目指すという、長期的かつ多角的な経営ビジョンを描いていたと考えられます。
使用した経営学の知識
- 経営ビジョン: 企業が将来達成したいと考える、魅力的で挑戦的な到達点を示すものです。祖父は A 社の買収を通じて、単なる事業再生ではなく、地域を巻き込んだ観光事業の核とする壮大なビジョンを描いていました。
- 事業ドメイン: 企業が活動する事業領域のことです。祖父は A 社を「酒造業」から、旅館業と連携した「観光サービス業」へと再定義しようとしたと考えられます。
- シナジー(相乗効果): 複数の事業を組み合わせることで、それぞれが単独で活動する以上の価値を生み出すことです。祖父は「老舗蔵元」と「高級旅館」の組み合わせによるシナジーを企図していました。
設問文
A 社長の祖父が A 社の買収に当たって、前の経営者と経営顧問契約を結んだり、ベテラン従業員を引き受けたりした理由は何か。100 字以内で答えよ。
回答例(設問 2)(99 字)
理由は二つ。① 酒造技術、製造ノウハウや顧客情報など、事業継続に不可欠な無形の経営資源を円滑に承継するため。② 旧経営者の従業員の雇用維持への懸念を払拭し、友好的な買収を実現し、従業員の協力を得るため。
解説
問題文の該当箇所
- 「前の経営者と経営顧問契約を結んだだけでなく、そこで働いていたベテラン従業員 10 名も従来どおりの条件で引き継いだ。」
- 「長年にわたって勤めてきた 10 名の従業員に対する雇用責任から廃業を逡巡していた。」
- 「酒造りは、経営顧問と杜氏、そしてベテランの蔵人たちから学んだ。」
答案作成の根拠 祖父によるこれらの措置には、二つの明確な理由があります。 第一に、経営資源の確保です。酒造業は、杜氏や蔵人の持つ勘や経験といった「暗黙知」の塊です。買収側にはそのノウハウが全くないため、前経営者やベテラン従業員を引き留めることは、事業を継続する上で必須の条件でした。彼らの持つ技術や取引先との関係性といった無形資産をスムーズに引き継ぐ狙いがありました。 第二に、友好的な買収の実現です。旧経営者は従業員の雇用を深く案じており、これが廃業を躊躇させる一因でした。彼らの雇用を保証することは、旧経営者の懸念を和らげ、買収交渉を円滑に進めるための重要な配慮でした。これにより、従業員の離反を防ぎ、買収後の経営に対する協力を得やすくなります。
使用した経営学の知識
- M&A (Mergers and Acquisitions): 企業の合併・買収。本件は友好的買収にあたります。
- PMI (Post Merger Integration): M&A 成立後の統合プロセス。特に人材や組織文化の統合(ソフト PMI)は、M&A の成否を分ける重要な要素です。従業員の雇用維持は、PMI を円滑に進めるための定石の一つです。
- 暗黙知: 個人の経験や勘に基づく、言語化が難しい知識のこと。伝統的な製造業などでは、この暗黙知の承継が事業継続の鍵となります。
第 2 問(配点 20 点)
設問文
A 社では、情報システム化を進めた若い女性社員を評価し責任者とした。ベテラン事務員の仕事を引き継いだ女性社員は、どのような手順を踏んで情報システム化を進めたと考えられるか。100 字以内で答えよ。
回答例(100 字)
ベテランから属人化された業務手順やノウハウ等の暗黙知を習得し、その業務を整理し、業務フローとして標準化。標準化されたプロセスを基に情報システムを導入・定着させ、業務効率化と組織内での知識共有を図った。
解説
問題文の該当箇所
- 「複雑な事務作業や取引先との商売を誰よりも掌握していたベテランの女性事務員」
- 「前任のベテラン女性事務員と 2 年ほど共に働いて知識や経験を受け継いだだけでなく、それを整理して情報システム化を進めた」
答案作成の根拠 ベテラン事務員の仕事は「誰よりも掌握していた」とあるように、高度に属人化された「暗黙知」の状態であったと推測されます。若い女性社員は、情報システム化というゴールに向けて、段階的かつ論理的な手順を踏んだと考えられます。
- 暗黙知の形式知化: まず、2 年間の OJT を通じて、ベテラン事務員の頭の中にしかない業務知識やノウハウを徹底的に学びます(共同化)。次に、学んだ内容を「整理」し、マニュアル作成などを通じて誰もが理解できる形に「可視化・標準化」します(表出化)。
- システムへの実装: 最後に、標準化された業務プロセスを要件として、情報システムを導入します。これにより、業務は特定個人のスキルに依存しなくなり、組織全体の資産として共有・活用できるようになります(連結化・内面化)。
使用した経営学の知識
- ナレッジマネジメント: 企業が持つ知識を組織全体で共有し、活用することで競争力を高める経営手法。
- SECI モデル: 野中郁次郎氏が提唱した、暗黙知と形式知が相互に変換されながら知識が創造されていくプロセスモデル。(共同化 → 表出化 → 連結化 → 内面化)
- 業務プロセスの標準化: 業務の手順やルールを統一し、誰が担当しても同じ品質と効率で業務を遂行できるようにすること。情報システム化の前提となります。
第 3 問(配点 20 点)
設問文
現在、A 社長の右腕である執行役員は、従来のルートセールスに加えて直販方式を取り入れ売上伸長に貢献してきた。その時、部下の営業担当者に対して、どのような能力を伸ばすことを求めたか。100 字以内で答えよ。
回答例(100 字)
既存顧客との関係維持に加え、① 市場や顧客ニーズの分析力、②A 社の歴史や商品の魅力を伝え、顧客の潜在ニーズを掘り起こす企画力と提案力、③ 新たな販路や顧客層を自ら開拓する行動力を伸ばすことを求めた。
解説
問題文の該当箇所
- 「ルートセールスを中心とした古い営業のやり方を抜本的に見直し、直販方式の導入によって本業の酒造事業の売上を伸長させた人材」
答案作成の根拠 営業方式の変更は、営業担当者に求められる能力の質的変化を促します。
- 従来のルートセールス: 主に既存の酒販店や卸売業者を定期的に訪問する「御用聞き営業」です。ここでは、人間関係構築力や迅速な納品対応力が重視されます。
- 新たな直販方式: EC サイトや直営店、イベントなどを通じて、最終消費者に直接アプローチする「提案型営業」です。この方式では、単に商品を届けるだけでは売れません。営業担当者には、① 誰に(ターゲット顧客)、何を(商品の価値)、どのように伝えるか(プロモーション)を自ら考えるマーケティング思考が求められます。さらに、② 商品の背景にあるストーリー(200 年の歴史、酒造りのこだわり等)を魅力的に語り、顧客の購買意欲を喚起する企画力・提案力、そして ③ 待ちの姿勢ではなく、自ら新しい顧客を見つけ出す新規開拓能力が必要となります。
使用した経営学の知識
- 提案型営業: 顧客の課題やニーズを引き出し、その解決策として自社の商品・サービスを提案する営業スタイル。
- マーケティング: 顧客のニーズを理解し、製品やサービスを通じて価値を提供し、対価を得る一連の活動。直販では営業担当者自身がマーケティングの一部を担うことになります。
- チャネル戦略: 製品を顧客に届けるための経路(チャネル)をどう構築・管理するかという戦略。ルートセールス(間接販売)から直販(直接販売)への転換は、大きなチャネル戦略の変更です。
第 4 問(配点 20 点)
設問文
将来、祖父の立ち上げた企業グループの総帥となる A 社長が、グループ全体の人事制度を確立していくためには、どのような点に留意すべきか。中小企業診断士として 100 字以内で助言せよ。
回答例(98 字)
留意点は ① グループの経営理念に基づき、年功序列ではなく成果を客観的に評価する公平性の高い制度を構築すること。② 多様な事業特性を考慮し、各社に合わせた柔軟なキャリアパスや報酬体系を設計すること。
解説
問題文の該当箇所
- 「伝統的な家族主義的経営や祖父の経験や勘をベースとした前近代的なものであることも否めない。」
- 「年功序列型賃金が基本である。」
- 「自身が総帥となる企業グループ全体のバランスを考えた人事制度の整備が必須である」
- 「優秀な人材を活用して」「執行役員に抜擢」
答案作成の根拠 A 社長の課題は、「前近代的」な人事から脱却し、「グループ全体のバランス」を考慮した「優秀な人材を活用」できる制度を構築することです。中小企業診断士として、以下の 2 点に留意するよう助言します。
- 公平性・透明性の確保: 「勘」や「年功」による評価は、従業員の不満やモチベーション低下を招きます。執行役員や女性総務責任者のような優秀な人材が正当に報われるためには、職務内容や成果、貢献度に基づいた客観的な評価基準を設けることが不可欠です。これはグループ全体の経営理念と連動させるべきです。
- 制度の柔軟性(多様性への配慮): グループ内には、酒造業、飲食業、旅館業など、全く異なる事業が存在します。求められるスキルや働き方も多様です。したがって、全社一律の硬直的な制度ではなく、各事業の特性や戦略に合わせて等級制度、評価項目、報酬体系などを柔軟に設計する「複線型」の発想が重要になります。これにより、多様な人材がそれぞれのフィールドで活躍できる環境を整えます。
使用した経営学の知識
- 人事制度: 「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の 3 つの柱で構成されます。これらは一貫性を持って設計される必要があります。
- グループ経営における人事: グループ全体としての一貫性・求心力(共通理念の浸透)と、各事業会社の自律性・遠心力(事業特性への配慮)のバランスを取ることが重要です。
- 複線型人事制度: 従来の単線的なキャリアパス(例:総合職として管理職を目指す)だけでなく、専門職コースなど複数のキャリアパスを用意し、多様な人材の活躍を促す制度です。