Gemini 2.5 Pro による回答と解説( 平成 23 年度(2011 年度)事例 Ⅰ)
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第 1 問(配点 40 点)
設問文
A 社は、かつて一般家庭向け医療品を中心に事業展開してきた。しかし、近年の経営環境の変化の中で、医家向け医療品分野での事業強化に積極的に取り組んでいる。このことに関連して、以下の設問に答えよ。
設問 1
A 社にとって、かつて主力製品であった一般家庭向け医療品と、近年注力し始めている医家向け医療品では、営業活動にどのような違いが求められるか。120 字以内で説明せよ。
回答例(119 字)
一般家庭向けでは不特定多数の消費者への広告宣伝や小売店への配荷が中心となる。一方、医家向けでは専門知識を持つ医師や看護師に対し、製品の有効性や安全性を直接説明し、医療現場のニーズを収集して製品開発に繋げる、双方向の提案型営業が求められる。
解説
問題文の該当箇所
- 「一般家庭向け医療品分野で商品ラインアップを充実させ、事業規模を拡大」
- 「ガーゼ付の救急用絆創膏を発売して以降」「全国市場でその名を知られるようになった」
- 医家向けについて「医療現場のニーズ把握が不可欠」「医療品販売会社の営業担当者に同行し、現場の声の収集に積極的に取り組んだ」
答案作成の根拠 与件文から、一般家庭向け事業は製品力で全国に普及したことから、マス市場を対象としたプル戦略(広告宣伝など)や小売店への配荷が中心と推察される。一方、医家向け事業では、医療従事者という専門家を相手にするため、直接対話し、現場のニーズを的確に把握・収集する活動が明記されている。この違いは、顧客(ターゲット)の違いに起因する。一般家庭向け(BtoC)では顧客は一般消費者であり、医家向け(BtoB)では顧客は専門家である医師や医療機関となる。この顧客特性の違いが営業活動の違いに直結する。
使用した経営学の知識
- BtoC マーケティングと BtoB マーケティング: ターゲット顧客の違い(一般消費者 vs 組織・専門家)により、アプローチが異なる。BtoC は感情的・衝動的購買が多く、広告宣伝が有効。BtoB は合理的・専門的判断が求められ、人的販売やソリューション営業が重要となる。
- プル戦略とプッシュ戦略: 一般家庭向けは広告で消費者の指名買いを促す「プル戦略」が有効。医家向けは営業担当者が直接医療従事者に働きかける「プッシュ戦略」の要素が強い。
設問 2
近年、A 社が医家向け市場に注力しているのはなぜか。その理由を、120 字以内で説明せよ。
回答例(122 字)
理由は、① 主力であった一般家庭向け市場が、競合参入による価格競争の激化で収益確保が困難になったこと、② 絆創膏製造で培った技術力を応用し、医療現場の専門的ニーズに応える高付加価値な製品を開発・供給でき、安定した収益確保と持続的成長が見込めるため。
解説
問題文の該当箇所
- 「競合企業が A 社の主力市場に参入し、差別化競争や価格競争が激化」
- 「主力商品の絆創膏製造で培った技術を応用し、より付加価値の高い商品を一般家庭向けだけでなく医家向け市場にも供給」
- 「医療現場のニーズ把握が不可欠」「『安心・安全・安価』で治療効率を高める製品開発につながっている」
答案作成の根拠 A 社が医家向け市場に注力する理由は、外部環境の「脅威」と内部環境の「強み」から説明できる。
- 脅威の回避(市場の魅力度低下): 与件文には、かつての主力市場(一般家庭向け)が競争激化に陥ったとある。これは市場の収益性が低下していることを示唆しており、新たな収益源を求める必要があった。
- 強みの活用(自社の競争優位性): A 社には「絆創膏製造で培った技術」という強みがある。この技術を応用することで、専門性が高く、かつ「治療効率」が求められる医家向け市場で、高付加価値な製品を開発できる。これにより、価格競争を回避し、安定した収益を確保することが可能になる。
使用した経営学の知識
- SWOT 分析: 自社の「強み(Strength)」を活かして外部環境の「機会(Opportunity)」を捉え、「脅威(Threat)」を回避するという戦略策定のフレームワーク。本件は、技術力という「強み」を活かし、競争激化という「脅威」を避け、専門性の高い医家向け市場という「機会」に参入する戦略と分析できる。
- 製品・市場マトリクス(アンゾフ): 既存の「技術(製品)」を活かして、新たな「医家向け市場」を開拓する「市場開拓戦略」に該当する。
第 2 問(配点 20 点)
設問文
厳しい競争下にある医療品業界では、新商品や新規技術の開発が極めて重要である。しかし、A 社では自社開発技術の特許をあえて出願しない場合もある。その理由として考えられることを、100 字以内で説明せよ。
回答例(112 字)
特許を出願すると技術内容が公開され、競合に模倣のヒントを与えてしまう。そのため、あえて製造ノウハウとして秘匿化し、技術をブラックボックス化することで、他社による解明や類似技術開発を困難にし、長期的な競争優位性を確保するため。
解説
問題文の該当箇所
- 「主力商品の絆創膏製造で培った技術を応用」
- 「極薄型の絆創膏や使い捨ての消毒薬付き綿棒」
- 「A 社は中小企業には珍しく…」
答案作成の根拠 特許制度のメリットは独占排他権の取得だが、デメリットとして「技術の公開」と「権利維持コスト」「存続期間(20 年)」がある。A 社の製品は、画期的な発明というよりは、既存技術の応用や長年の経験から得られた製造ノウハウの集合体である可能性が高い。このようなノウハウは、特許として権利化するよりも、営業秘密(トレードシークレット)として秘匿化する方が有効な場合がある。技術を公開してしまうと、中小企業である A 社にとって、大企業に資本力で対抗されたり、特許網を回避した改良技術を開発されたりするリスクが高い。むしろノウハウとして社内に留保し、模倣を困難にさせる方が、事実上の独占状態を長く維持できるという戦略的判断が考えられる。
使用した経営学の知識
- 知的財産戦略: 企業の競争優位を維持するための知財の活用戦略。特許権で権利を明確化する「オープン戦略」と、ノウハウとして秘匿化する「クローズ戦略」がある。製品や技術の特性、企業の体力に応じて最適な戦略を選択する必要がある。
- トレードシークレット(営業秘密): 公然と知られていない、有用な、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報。不正な手段による取得や使用から法的に保護される。
第 3 問(配点 20 点)
設問文
A 社は中小企業には珍しく、創業家一族による同族企業ではなく、仕入れ先や社員持株会などが主な出資者である。このような所有と経営の分離のプラス面とマイナス面の両面について、120 字以内で述べよ。
回答例(133 字)
プラス面は、創業家の意向に縛られず、現社長のような能力本位の経営者登用が可能となり、長期的な視点で大胆な経営改革を断行できること。マイナス面は、株主の利害が分散し、経営監視が弱まり規律が緩む、あるいは逆に経営への牽制が働き、迅速な意思決定が阻害される恐れがあること。
解説
問題文の該当箇所
- 「創業家一族は社長でも大株主でもない」
- 「現社長がトップに就任して以降、比較的順調に事業を拡大」
- 「仕入れ先から送り込まれた役員や社長の下では経営再建はほとんど進まず」
- 「仕入れ先や社員持株会などが主な出資者」
答案作成の根拠 所有と経営の分離に関する一般的なメリット・デメリットを与件文の状況に即して記述する。
- プラス面: 創業家が経営を支配していた時代には多角化の失敗があった一方、非同族の現社長が手腕を発揮して業績を回復させた事実から、「能力主義に基づく経営者選抜」と「大胆な改革の断行」がメリットとして挙げられる。
- マイナス面: 所有者である仕入先から派遣された経営陣が機能しなかった過去がある。これは、所有者(株主)と経営者の利害が必ずしも一致せず、経営が停滞するリスクを示している。株主が複数(仕入先、社員持株会など)いることで利害調整が難しくなったり、逆に経営への関心が薄れ、経営者の規律が緩む(エージェンシー問題)可能性も考えられる。
使用した経営学の知識
- 所有と経営の分離: 近代株式会社の基本原則。資本の出資者(所有者=株主)と、実際の経営担当者(経営者)が別人格である状態。
- コーポレート・ガバナンス(企業統治): 企業の不正行為を防ぎ、競争力を高めるために経営を監視・規律づける仕組み。所有と経営が分離した企業において特に重要な課題となる。
- エージェンシー理論: 依頼人(プリンシパル=株主)と代理人(エージェント=経営者)の間で生じる利害の不一致や情報の非対称性から発生する問題。経営者が株主の利益よりも自己の利益を優先するなど。
第 4 問(配点 20 点)
設問文
同業他社に比べ業績が良く、待遇も大手企業と遜色のない A 社は、3 年以内に売上高 40 億円達成を目標としている。その実現のため、どのような組織管理上の施策を講じるべきか、中小企業診断士としてアドバイスを求められた。120 字以内で説明せよ。
回答例(129 字)
現社長への権限集中を解消し、① 医療品、化粧品、海外等の事業単位で権限と責任を明確にする事業部制組織を導入する。② 挑戦意欲を維持・向上させるため、成果や挑戦プロセスを評価し、次世代の経営幹部候補を育成・登用する新人事制度を構築し、組織の活性化を図るべきである。
解説
問題文の該当箇所
- 「成功に安住して『ゆでガエル』化する状況を回避し、チャレンジ精神を維持することが現社長の大きな課題」
- 「医療品事業」「化粧品事業」「健康食品事業」「海外市場の開拓」と事業が多角化・グローバル化している。
- 「現社長が全権を持って事業運営にあたることとなった」
答案作成の根拠 A 社の課題は「ゆでガエル化の回避」と「チャレンジ精神の維持」であり、これは組織全体の継続的な成長と革新を促す仕組みが求められていることを意味する。現状は現社長に権限が集中しているが、事業が多角化・グローバル化する中で、このままでは意思決定の遅延や後継者育成の遅れが懸念される。 そこで、以下の 2 つの施策を提案する。
- 組織構造の改革: 複数の事業を効率的に運営するため、各事業の特性に応じた迅速な意思決定を可能にする「事業部制組織」への移行が有効。これにより、事業部長に権限を委譲し、次世代リーダーを育成する土壌を作る。
- 人事制度の改革: 社員の「チャレンジ精神」を具体的な行動に繋げるため、挑戦したこと自体やそのプロセスを評価する制度を導入する。失敗を許容し、再挑戦を促す文化を醸成することで、組織の硬直化(ゆでガエル化)を防ぎ、イノベーションを促進する。
使用した経営学の知識
- 組織構造論: 企業の成長や事業の多角化に伴い、機能別組織から事業部制組織へと移行するのが一般的。環境変化への迅速な対応が可能となる。
- 権限委譲(エンパワーメント): 上位者が持つ権限の一部を下位者に移し、自律的な判断と行動を促すこと。従業員のモチベーション向上や能力開発に繋がる。
- 人事評価制度: 従業員の行動や成果を評価し、処遇に反映させる仕組み。企業の戦略や目指す組織文化を実現するための重要なツールとなる。「ゆでガエル化防止」という課題に対応するため、挑戦を促す評価制度が求められる。