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平成 28 年度(2016 年度)事例 Ⅳ 回答と解説
第 1 問 (配点 25 点)
(設問 1)
D 社の前期および当期の財務諸表を用いて経営分析を行い、前期と比較した場合の D 社の課題を示す財務指標のうち重要と思われるものを 3 つ取り上げ、それぞれについて、名称を(a)欄に、当期の財務諸表をもとに計算した財務指標の値を(b)欄に記入せよ。なお、(b)欄の値については、小数点第 3 位を四捨五入し、カッコ内に単位を明記すること。
(a)欄、(b)欄
(a) 指標の名称 | (b) 指標の値(単位) |
---|---|
税引前当期純利益率 | 4.15 (%) |
自己資本比率 | 41.00 (%) |
有形固定資産回転率 | 1.77 (回) |
(別解)流動比率 | 55.70 (%) |
(設問 2)
設問 1 で取り上げた課題が生じた原因を 70 字以内で述べよ。
回答例(57 字)
新社屋用地取得の投資を短期借入で賄い、安全性と効率性が悪化し、不採算店の減損損失計上で収益性が大幅に悪化したため。
解説
問題文の該当箇所
- 「当期に新社屋の用地として市内の好適地を取得し、建設計画を進めている」
- 「創作料理店は業績不振が続いており、当期は通年で全社業績に影響が出ているため、その打開が懸案となっている」
- 貸借対照表(B/S): 土地の増加(0→320)、短期借入金の増加(0→318)
- 損益計算書(P/L): 特別損失の計上(56)
答案作成の根拠
(設問 1)
D 社の財務諸表を前期と比較すると、収益性・安全性・効率性のそれぞれに大きな課題が見られます。
収益性指標:税引前当期純利益率
- 計算式: 税引前当期純利益 ÷ 売上高 × 100
- 当期: 39 ÷ 940 × 100 ≒ 4.15 (%)
- 前期: 94 ÷ 831 × 100 ≒ 11.31 (%)
- P/L を見ると、業績不振の創作料理店に関する特別損失 56 百万円が計上された結果、税引前当期純利益が前期から半減以下になっています。企業の最終的な利益獲得能力が著しく低下しており、最重要の課題です。
安全性指標:自己資本比率
- 計算式: 自己資本 ÷ 総資本 × 100
- 当期: 369 ÷ 900 × 100 = 41.00 (%)
- 前期: 346 ÷ 596 × 100 ≒ 58.05 (%)
- B/S を見ると、新社屋用地取得の資金(320 百万円)を主に短期借入金(318 百万円)で調達したため、負債が急増しています。これにより、企業の長期的安定性を示す自己資本比率が大幅に低下しており、財務体質の悪化が深刻な課題です。
効率性指標:有形固定資産回転率
- 計算式: 売上高 ÷ 有形固定資産
- 当期: 940 ÷ 531 ≒ 1.77 (回)
- 前期: 831 ÷ 287 ≒ 2.90 (回)
- 当期に取得した土地はまだ新社屋の建設前であり、収益を生んでいません。そのため、多額の投資によって有形固定資産が急増した一方で、売上高の伸びが追いつかず、資産の投資効率が大きく低下していることが課題です。
(別解)安全性指標:流動比率
- 計算式: 流動資産 ÷ 流動負債 × 100
- 当期: 259 ÷ 465 × 100 ≒ 55.70 (%)
- 前期: 225 ÷ 138 × 100 ≒ 163.04 (%)
- 大規模な投資を短期借入金で賄ったため、流動負債が急増しました。企業の短期的な支払い能力を示す流動比率が 100%を大きく割り込んでおり、資金繰り悪化のリスクという喫緊の課題を示しています。
(設問 2)
設問 1 で選択した 3 つの指標が悪化した原因を、与件文と財務諸表から複合的に読み解き、簡潔にまとめます。
- 収益性の悪化(税引前当期純利益率): 与件文の「創作料理店は業績不振」という記述と、P/L の「特別損失 56」から、不振店の減損損失を計上したことが原因です。
- 安全性の悪化(自己資本比率): 与件文の「新社屋の用地として...取得」という記述と、B/S の「土地 320」「短期借入金 318」から、大規模な投資を短期借入で賄ったことが原因です。
- 効率性の悪化(有形固定資産回転率): 上記の新社屋用地取得により、まだ収益を生まない資産が急増したことが原因です。
これらの原因を、因果関係がわかるように 70 字以内で記述します。
使用した経営学の知識
- 財務分析: 企業の経営成績や財政状態を客観的に評価するため、収益性分析(税引前当期純利益率)、安全性分析(自己資本比率、流動比率)、効率性分析(有形固定資産回転率)などの指標を用いる手法。
- 減損会計: 固定資産の収益性が著しく低下した場合、将来の損失計上を避けるために、帳簿価額を回収可能価額まで前倒しで切り下げる会計処理。その際の差額は特別損失として計上されます。
第 2 問(配点 35 点)
D 社は新しい本社社屋の建設計画を進めており、社屋は用地取得の 1 年後には完成して引き渡しを受ける予定である。以下の設問に答えよ。
(設問 1)
完成させた表
(単位:百万円)
税引前当期純利益 | 39 |
減価償却費 | 36 |
減損損失 | 56 |
営業外収益 | △8 |
営業外費用 | 20 |
売上債権の増減額 | △1 |
棚卸資産の増減額 | △3 |
仕入債務の増減額 | 3 |
その他 | 13 |
小計 | 155 |
利息及び配当金の受取額 | - |
利息の支払額 | △4 |
法人税等の支払額 | △35 |
営業活動によるキャッシュフロー | 116 |
解説
- 問題文の該当箇所: 貸借対照表(前期・当期)、損益計算書(前期・当期)、損益計算書に関する付記事項
- 答案作成の根拠: 営業活動によるキャッシュフロー(間接法)は、税引前当期純利益に、非資金損益項目や営業活動に関わる資産・負債の増減を加減算して計算します。
- 減価償却費: 付記事項より 36 百万円。非資金費用のため加算。
- 営業外収益: P/L より 8 百万円。本業の儲けではないため減算(△8)。
- 営業外費用: P/L より 20 百万円。本業の費用ではないため加算。
- 売上債権の増減額: 13 → 14 へ 1 増加。資産の増加は資金の減少なので減算(△1)。
- 棚卸資産の増減額: 7 → 10 へ 3 増加。資産の増加は資金の減少なので減算(△3)。
- 仕入債務の増減額: 17 → 20 へ 3 増加。負債の増加は資金の増加なので加算(+3)。
- 小計: 39 + 36 + 56 - 8 + 20 - 1 - 3 + 3 + 13 = 155
- 営業活動による CF: 小計から利息支払額と法人税等支払額を差し引きます。 155 - 4 - 35 = 116
- 使用した経営学の知識:
- キャッシュフロー計算書(間接法): 税引前当期純利益をスタートとし、非資金費用(減価償却費など)の加算や、営業資産・負債の増減を調整して営業 CF を算出する方法。
(設問 2)
- ① 土地および建物・器具備品について、投資額、6 年後の売却価値およびそれそれの当初投資時点における現在価値はいくらか。
- ② 新しい本社社屋を建設するための投資の意思決定に際し、新設される 2 店舗が営業を開始した後の税引後キャッシュフローの増加分はいくら以上と見込まれているか。ただし、キャッシュフローは、2 年後から 6 年後まで毎年均等に生じるものとする。
① の回答
土地
(a)
当初投資
金額 現在価値 -320 -320 6 年後売却価値
金額 現在価値 320 226
(b):計算過程
- 当初投資の現在価値: -320 百万円(投資時点が現在(0 年目)のため、割引計算は不要)
- 6 年後売却価値: 土地は減価償却しないため、6 年後の簿価(=売却価値)は 320 百万円のままです。
- 6 年後売却価値の現在価値: 320 百万円 × 複利現価係数(6 年, 6%) 0.7050 = 225.6 ≒ 226 百万円
建物・器具備品
(a)
1年後の投資
金額 現在価値 -470 -443 6 年後売却価値
金額 現在価値 375 264
(b):計算過程
- 1 年後の投資額: 建物 420 百万円 + 器具備品 50 百万円 = 470 百万円
- 1年後投資の現在価値: -470 百万円 × 複利現価係数(1 年, 6%) 0.9434 = -443.398 ≒ -443 百万円
- 6 年後売却価値: 営業開始後 5 年間の減価償却費を差し引いて簿価を計算します。
- 建物簿価: 420 百万円 - (420 百万円 ÷ 30 年 × 5 年) = 350 百万円
- 器具備品簿価: 50 百万円 - (50 百万円 ÷ 10 年 × 5 年) = 25 百万円
- 合計売却価値: 350 + 25 = 375 百万円
- 6 年後売却価値の現在価値: 375 百万円 × 複利現価係数(6 年, 6%) 0.7050 = 264.375 ≒ 264 百万円
② の回答
(a)
69 百万円
(b):計算過程
正味投資額(現在価値)の計算
- 投資額の現在価値合計: 320 百万円(土地) + 443 百万円(建物・備品) = 763 百万円
- 売却価値の現在価値合計: 226 百万円(土地) + 264 百万円(建物・備品) = 490 百万円
- 回収すべき正味投資額: 763 百万円 - 490 百万円 = 273 百万円
年金現価係数(2 年後~ 6 年後の 5 年間)の計算
- キャッシュフローが発生する 2 年後から 6 年後までの各年の複利現価係数を合計します。
- 0.8900 (2 年) + 0.8396 (3 年) + 0.7921 (4 年) + 0.7473 (5 年) + 0.7050 (6 年) = 3.974
毎年の必要キャッシュフローの計算
- 回収すべき正味投資額を、対応する期間の年金現価係数で割ることで、毎年均等に必要なキャッシュフローを求めます。
- 273 百万円 ÷ 3.974 ≒ 68.7 百万円 ≒ 69 百万円
第 3 問(配点 15 点)
大都市の都心部に出店した創作料理店は業績の不振が続いている。そこで、同店を閉店するかどうかの検討を行うことにした。同店は、商業施設にテナントとして出店している。同店の見積損益計算書は以下のとおりである。この見積損益計算書をもとに、閉店すべきかどうかについて、意思決定の基準となる尺度の値と計算過程を(a)欄に記入し、結論を理由とともに(b)欄に 50 字以内で述べよ。
- (a) 尺度と計算過程
貢献利益 = 売上高 – 変動費 – 個別固定費 = 98 - 49 - 40 百万円 = 9 百万円
- (b) 結論と理由(50 字)
閉店すべきでない。理由は閉店により 9 百万円の貢献利益が失われ、全社の利益がその分減少してしまうため。
解説
- 問題文の該当箇所: 店舗見積損益計算書
- 答案作成の根拠: 事業の継続・撤退の意思決定では、その事業を撤退した場合に削減できる費用と、失われる収益を比較します。
- 尺度: この意思決定で比較すべきは、事業を継続した場合の利益と、撤退した場合の利益の「差額」です。この差額利益は、売上高から変動費と個別固定費(=その事業の撤退により回避可能な固定費)を差し引いた利益、すなわち「貢献利益」となります。
- 計算:
- 売上高: 98
- 変動費: 49
- 個別固定費: 40
- 貢献利益 = 98 - 49 - 40 = 9 百万円
- 結論: 計算の結果、この創作料理店は 9 百万円の貢献利益を生み出しています。これは、全社の共通固定費の回収に 9 百万円貢献していることを意味します。もしこの店舗を閉店すれば、この 9 百万円の貢献が失われ、全社の利益がそのまま 9 百万円減少することになります。したがって、閉店すべきではありません。
- なお、共通固定費配賦額 26 百万円は、この店舗を閉店しても本社などで発生し続ける費用(埋没原価)であるため、意思決定には考慮しません。
- 使用した経営学の知識:
- 貢献利益: 売上高から変動費を差し引いた利益(限界利益)、あるいはそこからさらに個別固定費を差し引いた利益。事業や製品ラインの収益性評価や短期的な意思決定に用いられます。
- 差額原価収益分析: 複数の代替案の中から一つを選択する際に、代替案の間で変化する原価(差額原価)と収益(差額収益)のみに着目して意思決定を行う手法。
- 埋没原価(サンクコスト): 過去の意思決定によって既に発生し、将来のいかなる意思決定によっても回収できない原価。将来の意思決定には無関係な情報となります。
第 4 問(配点 25 点)
(設問 1)
業者が運営するネット予約システムを利用することにより、同システムを利用しない場合と比較し、D 社の収益や費用はどのような影響を受けているか、60 字以内で述べよ。
回答例(59 字)
ネット上の露出増と 24 時間予約受付により売上が増加する一方、業者への送客手数料や予約管理業務のための人件費が増加する。
解説
- 問題文の該当箇所:
- 「業者の検索サイトに店舗情報が掲載され、契約によっては広告などでもネット上の露出が増える」
- 「営業時間外でも予約の受付が可能」
- 「初期登録や利用、予約成約などに関するネット予約システムの料金体系は、業者によってさまざま」
- 「各店舗で予約管理に一定の時間が費やされている」
- 答案作成の根拠: ネット予約システムの利用による影響を、収益(プラス面)と費用(マイナス面)の両面から整理します。
- 収益への影響(プラス): ネットでの露出が増えれば、認知度が向上し新規顧客を獲得しやすくなります。また、24 時間予約可能になることで、顧客の利便性が高まり、機会損失を防ぐことができます。これらは売上増加に繋がります。
- 費用への影響(マイナス): システム利用には、初期費用や月額利用料、あるいは予約成立ごとの送客手数料といった費用が発生します。また、複数の予約ルートを管理するための手間(人件費)も発生します。
- 使用した経営学の知識:
- マーケティング: 顧客接点の拡大(ネット露出)や顧客利便性の向上(24 時間予約)による販売促進効果。
- コスト管理: 新たな活動に伴って発生する費用の認識(手数料、人件費)。
(設問 2)
① 自社のネット予約システム導入前の損益分岐点売上高はいくらか。
- (a) 金額:860(百万円)
- (b) 計算過程
固定費 430 百万円 ÷ (1 - 変動費率 0.5) = 860 百万円
※変動費率 = 変動費 560 百万円 ÷ 売上高 1,120 百万円 = 0.5
② 自社のネット予約システム導入による損益分岐点売上高の変動額はいくらか。
(a) 金額(百万円)と変動方向:18 百万円(低下)
(b) 計算過程
導入後の固定費:
430 - (12×2/3) + (20/5) = 426 百万円
導入後の変動費率:
0.5 - (0.018×1/3) = 0.494
導入後の BEP:
426 ÷ (1 - 0.494) ≒ 841.9 百万円
変動額:
860 - 841.9 = 18.1 ≒ 18 百万円
③ 導入前の固定費をもとに、自社のネット予約システム導入にともなう変動費率の変動による損益分岐点売上高の変動額はいくらか。
(a) 金額(百万円)と変動方向:10 百万円(低下)
(b) 計算過程
損益分岐点売上高 = 430 ÷ (1 - 0.494) ≒ 850 百万円
変動額 = 850 - 860 = -10 百万円
| (a) 金額(百万円)と変動方向 | (b) 計算過程 |
解説
問題文の該当箇所: 短期利益計画、設問 2 の本文
答案作成の根拠: 損益分岐点(BEP)売上高は
固定費 ÷ (1 - 変動費率)
または固定費 ÷ 限界利益率
で求められます。自社システム導入による固定費と変動費率の変化を正確に計算することがポイントです。① 導入前の BEP: 短期利益計画の数値をそのまま使って計算します。
② BEP の変動額:
- 固定費の変化:
- 予約管理費が 12 の 1/3 になる →
12 × (2/3) = 8
の減少。 - 新システムの減価償却費(取得原価 20 ÷ 耐用年数 5 年)=
4
の増加。 - 差し引き、
8 - 4 = 4
の固定費減少。導入後固定費は430 - 4 = 426
。
- 予約管理費が 12 の 1/3 になる →
- 変動費率の変化:
- 変動費に含まれる送客手数料(売上高の 1.8%)が 2/3 に低下 → 変動費率が
1.8% × (1/3) = 0.6% (0.006)
低下。 - 導入後の変動費率は
0.5 - 0.006 = 0.494
。
- 変動費に含まれる送客手数料(売上高の 1.8%)が 2/3 に低下 → 変動費率が
- 導入後の BEP を計算し、導入前と比較します。
- ③ 要因分析:
- この設問は、損益分岐点売上高の変動要因のうち、変動費率の変化だけが与えた影響を計算するものです。
- そのため、「導入前の固定費(430)」をそのまま用い、変動費率だけを「導入後の値(0.494)」に変えた場合の、仮の損益分岐点売上高を算出します。
仮の BEP = 430 ÷ (1 - 0.494) ≒ 850百万円
- この仮の BEP と、導入前の BEP(860 百万円)との差額が、変動費率の変化による影響額となります。
- 固定費の変化:
使用した経営学の知識:
- CVP 分析(損益分岐点分析): コスト(Cost)、販売量(Volume)、利益(Profit)の関係を分析する手法。損益分岐点売上高の計算はその基本です。
- 感度分析・要因分析: 経営計画の前提条件(この場合は固定費や変動費率)が変化した場合に、利益や損益分岐点がどの程度変化するかを分析する手法。特定の要因(変動費率の変化)の影響だけを切り出して測定することができます。