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平成 19 年度(2007 年度)事例 Ⅰ 解答解説
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第 1 問(配点 10 点)
設問文
バブル経済崩壊後、10 年以上にわたって続いた長期景気低迷も、2003 年以降回復傾向にある。A 社も、そうした景気回復を追い風に業績を改善しつつある。しかし、活況を取り戻しつつあるとはいえ、今日の消費市場は、以前にも増して不透明さや複雑さが高まっている。A 社が事業を展開している宝飾品市場は、どのような不透明さや複雑性を抱えていると考えられるか。100 字以内で答えよ。
回答例(93 字)
消費者の価値観が多様化し、高級ブランド志向と日常使いの低価格品への二極化が進んでいる。また、流行のサイクルが短期化し、様々な競合との競争も激化しているため、需要予測が困難になっている点。
解説
問題文の該当箇所
- 「今日の消費市場は、以前にも増して不透明さや複雑さが高まっている。」
- 「A 社が事業を展開している宝飾品市場」
- 「わずかながら拡大傾向にある」
答案作成の根拠 与件文には市場の具体的な不透明さや複雑性に関する記述は少ない。したがって、宝飾品市場の一般的な特性と、現代の消費市場の動向から類推する必要がある。「不透明さ」とは将来の予測が難しいこと、「複雑性」とは要因が多岐にわたり単純ではないことを指す。
- 価値観の多様化・二極化: 宝飾品は嗜好品であり、消費者の価値観を強く反映する。景気回復基調とはいえ、消費者は「ハレの日」の高級品と、日常使いできる手頃な商品を使い分ける傾向が強い。このニーズの二極化が市場の複雑性を高めている。
- 需要予測の困難性: ファッション業界全体の傾向として、流行の移り変わりが非常に早い。これにより、商品のライフサイクルが短くなり、安定した需要予測が困難になっている。これが市場の不透明さにつながる。
使用した経営学の知識
- PEST 分析: マクロ環境分析のフレームワーク。特に社会的・文化的要因(Socio-Cultural)の変化として、消費者の価値観の多様化やライフスタイルの変化を捉える。
- 競争戦略: 業界内の競争だけでなく、代替品(他のファッションアイテムや旅行などのコト消費)との競争も考慮する必要がある。
第 2 問(配点 15 点)
設問文
A 社は、主に百貨店やショッピングセンター内のインストアショップによる店舗展開を行ってきた。路面店と比較して、インストアショップによる店舗展開のメリットとデメリットについて 150 字以内で答えよ。
回答例(144 字)
メリットは、商業施設の高い集客力と信用力を活用し、ブランド認知度が低い A 社でも比較的少ない初期投資で安定した売上が期待できること。デメリットは、売上比例の手数料による収益性の低下や営業時間や販促活動の自由度が低く、独自のブランド世界観を構築し、顧客のロイヤルティを高めることが困難なこと。
解説
問題文の該当箇所
- 「14 店舗は、立地条件に恵まれた有名百貨店や大手ショッピングセンター内のインストアショップである。」
- 「A 社が取り扱っている 2 つのブランドの国内での知名度は、有名インポート・ブランドのように高くなく、限定的な市場で知られているニッチ・ブランドである。」
答案作成の根拠 インストアショップと路面店の一般的な特性を比較し、A 社の「ブランド認知度が低い」という状況を加味して、メリット・デメリットをより具体的に記述したものである。
メリット: 百貨店などの商業施設が持つ集客力と信用力は、それ自体が強力な販売促進となる。特に、A 社のようにまだ知名度が高くないブランドにとっては、ゼロから顧客を集める手間とコストを省き、施設の顧客層にアプローチできるメリットは大きい。また、路面店に比べて初期投資を抑えられるため、多店舗展開を進めやすい。
デメリット: メリットの裏返しとして、施設の運営方針に従う必要があるため、多くの制約が生じる。具体的には、①経済的制約(売上に応じた手数料や賃料が収益を圧迫する)、②運営上の制約(営業時間やセール時期が施設に依存する)、③ブランディング上の制約(店舗デザインや VMD =ビジュアルマーチャンダイジングの自由度が低く、独自のブランドイメージや世界観を顧客に伝えにくい)が挙げられる。
使用した経営学の知識
- チャネル戦略: 製品を顧客に届ける経路(チャネル)の選択と管理に関する戦略。インストアショップ出店は、既存の有力な小売業者をチャネルとして活用する戦略であり、特に事業拡大期にある企業にとって有効な選択肢の一つである。
- 店舗立地戦略: 店舗の立地は売上を左右する重要な要素。インストアショップは、一等地の商業施設という「立地」を比較的低リスクで確保する戦略と捉えることができる。
第 3 問(配点 15 点)
設問文
A 社の唯一の直営路面店は、2005 年に開店した。この店舗の A 社の事業展開における戦略的位置づけと、それを達成するために必要だと思われる施策について、100 字以内で述べよ。
回答例(100 字)
戦略的位置づけはブランドの情報発信拠点となる旗艦店である。施策として、ブランドの世界観を体現した店舗空間で限定品やイベントを展開し、顧客との関係を強化し、ブランド認知度とロイヤルティを向上させること。
解説
問題文の該当箇所
- 「唯一の直営路面店は、東京都心のファッション情報の中心地ともいえる地区の直営路面店」
- 「今後、A 社がいかに 2 つのブランドの認知度を高めていくか、すなわち、いかにブランド力を高めていくことができるかが大きな経営課題である。」
答案作成の根拠 本問は、唯一の直営路面店の「戦略的位置づけ」と「達成のための施策」を問うている。
- 戦略的位置づけ: 立地が「ファッション情報の中心地」であること、A 社の課題が「ブランド認知度の向上」であることから、この店舗は単なる販売拠点ではなく、ブランドイメージを発信し、高めるための**旗艦店(フラッグシップストア)**としての役割を担っていると位置づけるのが妥当である。
- 施策: 旗艦店としての役割を果たすための具体的な施策を考える。 - ブランドの世界観の体現: 店舗の内外装、ディスプレイ、接客などを通じて、デザイナーやブランドが持つ独自のストーリーや世界観を顧客に体験させる。 - 情報発信: 新商品や限定品の先行発売、デザイナーを招いたイベントなどを開催し、メディアや顧客への情報発信拠点とする。 - 顧客との関係強化: 優良顧客との特別な関係を築くためのサロンとして機能させるなど、販売を超えた付加価値を提供する。 これらの施策によって、インストアショップでは実現しにくい強力なブランド体験を創出し、A 社全体のブランド価値向上に貢献することを狙う。
使用した経営学の知識
- ブランディング戦略: ブランドイメージやブランド・エクイティを構築・維持するための戦略。
- 旗艦店(フラッグシップストア)戦略: ブランドの象徴として店舗を位置づけ、販売以外の多面的な機能を持たせる戦略。
第 4 問(配点 45 点)
設問文
A 社が行った従業員の意識や満足度の調査結果について、以下の設問に答えよ。
(設問 1)
一般的に、高級ブランドを取り扱っている店舗の従業員の満足度は、それよりも低い位置づけにあるブランドを扱っている店舗の従業員の満足度よりも高いと考えられる。しかし、A 社では、高級アクセサリーの X ブランドのみを取り扱っている店舗の従業員の満足度が相対的に低い傾向を示している。なぜ、そうした傾向がみられるのかについて、100 字以内で説明せよ。
回答例(95 字)
X ブランド店は高価格品を扱うため、従業員に高い販売スキルや経験が求められる。しかし、会社の給与制度がその貢献度や専門性を適切に評価・反映しておらず、期待と報酬の間にギャップが生じているため。
解説
問題文の該当箇所
- 「X ブランドのみを取り扱う店舗に勤務する従業員の労働条件に対する満足度が、それ以外のブランドを扱っている店舗に比べて低い」
- 「特に、給与水準、業績への給与の反映度などの項目で、その差は顕著であった。」
- 「X ブランドのみを取り扱っている店舗の従業員の平均年齢、業界経験年数でともに高く」
答案作成の根拠 本問は、X ブランド店の従業員満足度が低い理由を問うている。
- 従業員の特性: X ブランド店の従業員は「平均年齢、業界経験年数でともに高い」、つまりベテラン従業員が多い。
- 業務の特性: X ブランドは「平均単価 10 万円を超える高級アクセサリー」であり、販売には高い接客スキル、商品知識、顧客対応能力が求められる。
- 不満の内容: 不満は「給与水準」「業績への給与の反映度」に集中している。 これらの事実を統合すると、「高いスキルと経験を持つ従業員が、高単価商品を販売するという困難な業務に従事しているにもかかわらず、その貢献が給与に十分に反映されていない」という仮説が成り立つ。ベテラン従業員は、自らのスキルや貢献に見合った処遇を期待するが、A 社の給与制度がその期待に応えられていないため、不満が生じていると考えられる。
使用した経営学の知識
- モチベーション理論(公平理論): J.S.アダムスが提唱。個人は、自身の仕事への投入(努力、経験、スキル)と、そこから得られる成果(給与、昇進)の比率を、他者と比較する。この比率が不公平だと感じると、それを解消しようと動機づけられる(不満の表明など)。本件は、従業員が自身の貢献に見合った報酬を得られていないと感じている公平理論の典型例である。
(設問 2)
直営店に比べてインストアショップの従業員の満足度が、相対的に低い傾向を示している。なぜ、そうした傾向がみられるのかについて、100 字以内で説明せよ。
回答例(95 字)
インストアショップは百貨店等の制約を受け、本社からの統制も強いため、店舗運営における裁量権が小さい。これにより意思決定の遅延や、本社との連携不足が生じ、従業員の主体的な活動が阻害されるため。
解説
問題文の該当箇所
- 「責任権限の委譲や部門間連携の円滑さ、意思決定の迅速性に関する項目で、直営店に比べてインストアショップで勤務する従業員の満足度が相対的に低い」
- 「各店舗の従業員は、インストアショップで 2 ~ 3 名、直営路面店で 6 名である。」
答案作成の根拠 本問は、インストアショップの従業員満足度が直営店に比べて低い理由を問うている。不満の項目が「責任権限の委譲」「部門間連携」「意思決定の迅速性」に特定されている点が最大のヒントである。
- 権限委譲の欠如: インストアショップは、百貨店等のルールに従う必要があり、運営の自由度が低い。加えて、本社からの管理・統制が強くなる傾向がある。そのため、現場の従業員や店長に与えられる裁量(責任権限)が小さく、顧客への対応や店舗改善などを自らの判断で迅速に行えない。
- 意思決定の遅延: 現場で何かを決定しようとしても、本社の承認が必要となるなど、プロセスが煩雑で時間がかかり、機会損失や従業員のフラストレーションにつながる。
- 部門間連携: 物理的に本社と離れており、少人数(2 ~ 3 名)で運営されているため、他店舗や本社部門とのコミュニケーションが希薄になりがちである。 これらの要因が、従業員の「やらされ感」を強め、仕事への主体性や満足度を低下させていると結論づけることができる。
使用した経営学の知識
- 組織論(権限委譲): 従業員の自律性を高め、意思決定を迅速化するために、上位者が下位者に権限を委譲することの重要性。権限委譲が不十分な場合、組織の硬直化や従業員のモチベーション低下を招く。
- 職務充実(Job Enrichment): 従業員に与える仕事の裁量権や責任範囲を拡大することで、内発的動機づけを高めるアプローチ。インストアショップでは職務充実が図られていない状況にある。
(設問 3)
社歴の長い従業員の満足度が社歴の短い従業員の満足度より低くなる大きな理由は、自分自身の将来像やキャリアに対する不満と、上司に対する不満である。中でも、上司に対する不満が、インストアショップで相対的に高いことが分かった。不満の原因とそれを解消するために取るべき施策について、中小企業診断士として、どのようなアドバイスをするか。100 字以内で答えよ。
回答例(100 字)
原因は経験豊富な部下に対し、上司である店長のマネジメント能力が不足し、キャリア展望を示せていないこと。対策として、店長へのマネジメント研修を実施し、キャリアパス制度や公正な評価制度を整備・明確化する。
解説
問題文の該当箇所
- 「社歴の長い従業員の満足度が低い」
- 「とりわけ、自らの将来像や能力改善に関する項目で満足度が顕著に低く、上司に対する項目でも不満を示す社員のポイントが高くなっていた」
- 「上司に対する不満が、インストアショップで相対的に高い」
- 「店長は、正社員、契約社員に関係なく任命している。」
- 正社員は「学歴は高いが、年齢は相対的に低く、業界での経験年数も少ない。」
答案作成の根拠 本問は、社歴の長い従業員の上司への不満の原因と対策を問うている。
- 原因の分析:
- 社歴が長く経験豊富な従業員(特に契約社員)がいる一方で、店長には年下で経験の浅い正社員が就く可能性がある。
- このような状況で、上司(店長)が部下の「将来像や能力改善」に関する相談に乗ったり、適切な指導や評価をしたりするマネジメント能力に欠けている可能性が高い。
- 特に少人数で運営されるインストアショップでは、店長の力量が従業員の満足度に直接的に、かつ大きく影響する。これが「インストアショップで不満が相対的に高い」理由である。
- 対策の立案:
- 店長の育成: 原因が店長のマネジメント能力不足にあるため、まずは店長を対象としたコーチングや目標管理、キャリアカウンセリングなどのマネジメント研修を実施することが直接的な対策となる。
- 制度の整備: 個人の能力に依存するだけでなく、会社としての仕組みを整えることが重要。従業員が将来像を描けるよう、契約社員を含めたキャリアパス制度(例:シニア販売員、トレーナー職への登用など)を整備し、それを周知する。また、スキルや貢献が公正に評価される人事評価制度を構築・運用することも不可欠である。
- 原因の分析:
使用した経営学の知識
- リーダーシップ論: 上司が部下の成長を支援し、キャリア形成に関与することの重要性(サーバント・リーダーシップ、コーチングなど)。
- キャリア開発: 従業員が組織内で長期的なキャリアを展望できるようにするための仕組み(キャリアパス、研修制度など)の重要性。
- 人事評価制度: 従業員の貢献度を公正に評価し、処遇や育成に結びつける制度設計。
第 5 問(配点 15 点)
設問文
A 社は、年間約 6 億円の売上げをあげているにもかかわらず、営業利益は 1,600 万円で、売上高営業利益率は 3%以下である。今後、A 社の収益構造を改善していくためには、どのような施策を講じていくべきか。中小企業診断士としてアドバイスする具体的施策について、100 字以内で答えよ。
回答例(97 字)
旗艦店を核とした広報活動や顧客関係管理で販促費を抑制しつつブランド価値を高める。また、在庫管理や人員配置を最適化して店舗運営を効率化し、収益性の高い商品の構成比を高めることで利益率の改善を図る。
解説
問題文の該当箇所
- 「売上高は約 6 億円、営業利益は約 1,600 万円で、売上高営業利益率は 3%以下である。」
- 「商品の仕入価格は、販売価格のおよそ 40%を目標としている。」
- 「多額の販売促進費用を継続的に負担していくことは現実的ではないのも事実である。」
答案作成の根拠 本問は、低い営業利益率(約 2.7%)を改善するための具体的な施策を問うている。利益改善のアプローチは「売上向上」「コスト削減」「売上総利益率の改善」の 3 つである。
- コスト構造の分析: 売上 6 億円に対し、原価が 40%(2.4 億円)とすると、売上総利益は 3.6 億円。営業利益が 1,600 万円なので、販管費は 3.44 億円(=3.6 億-0.16 億)と非常に大きい。販管費の主な内訳は人件費と地代家賃と考えられる。
- 施策の方向性: - 販管費の抑制: 「多額の販売促進費用を継続的に負担していくことは現実的ではない」という制約がある。そこで、費用をかけずにブランド価値を高める施策が求められる。第 3 問で触れた旗艦店を活用した PR 活動や、既存顧客との関係を深める**CRM(顧客関係管理)**は、低コストで効果的な販促手法である。また、店舗運営の非効率(過剰在庫、不適切な人員配置など)があれば、それを見直すことでコストを削減できる。 - 売上総利益の向上: - 店舗運営の効率化: 在庫管理を徹底し、欠品や過剰在庫による機会損失・廃棄ロスを削減する。 - 商品構成の見直し(セールスミックス): 利益率の高い X ブランドや、定番品以外の企画商品など、より付加価値の高い商品の販売比率を高めることで、全体の利益率を向上させる。 安易な値上げや人件費削減は、顧客離れや従業員満足度のさらなる低下を招くリスクがあるため、避けるべきである。上記施策を組み合わせ、持続可能な収益構造の構築を目指すことをアドバイスする。
使用した経営学の知識
- 財務分析(損益計算書分析): 売上、原価、販管費、利益の関係を理解し、収益性の問題点を特定する。
- マーケティング戦略:
- CRM (Customer Relationship Management): 顧客情報を活用して長期的な関係を築き、LTV(顧客生涯価値)を最大化する。
- ブランディング: ブランド価値を高めることで価格競争から脱却し、収益性を確保する。
- 店舗オペレーション管理: 在庫管理、人員配置など店舗運営の効率化によりコストを削減し、収益性を改善する。